第191話 冬休み突入
そんなことをやっているうちに無事に終業式も終わり、智香子たちは冬休みに突入する。
なんだか、バタバタしているうちに年末になったなあ、というのが智香子の実感だった。
入学して、探索部に入って、委員会にも入って。
それ以外の、授業に追いつくための学習などにも智香子はかなり時間を割いているのだが、不思議とそちらの印象は深くない。
予習復習課題などの学習は、結局のところ学ぶべきカリキュラムを淡々とこなすルーチンワーク的な側面が多いからだろう。
理系の学科など、抽象的な思考能力が必要になる場面のあるのだが、それらにも一定のパターンというのがあることを発見して以来、かなり習得をすることが楽になっている。
どうすればその知識を得ることができるのか、決まった答えがあるだけましだよな。
とも、智香子は思う。
学校の勉強とは違い、探索者としてのスキル習得は必ずしも正解が用意されているわけではない。
スキルの習得だけではなく、そのスキルをどのように活用するのかという実戦での応用も、正解がない。
同じスキルでも使う人によって、活用の仕方がまるで違うようなのだ。
少なくとも、智香子の観測した範囲内では。
松濤女子の先輩たちは、比較的保守的で、先輩方から受け継がれた方法をそのまま実践していく傾向がある。
一定の効果があると、長い年月にさらされた上で評価が固まった方法だけが次世代に受け継がれて、方法論として固定しているわけで、そうした保守的な方針はそれなりに合理的な選択ではあるんだろうな。
と、智香子も思う。
しかし、何度か扶桑さんの会社のパーティに同行している智香子は、社会人の探索者の方法は松濤女子の生徒たちよりももっと自由度が高いということを知っている。
その場の思いつきを試してみて、うまくいったら次も同じことをする、といった行為を頻繁に繰り返すし、それだけにエネミーとの戦いにも個人差が大きいということに気がついていた。
そうした大人のやり方は、それまで松濤女子の生徒しか探索者を知らなかった智香子からみて、野放図のようにも見え、それでいて十分な成果もあげている。
智香子は元からスキルや武器の利用法などを独自に考えて工夫する傾向があったのだが、扶桑さんの会社の人たちと迷宮に入るようになって、なおさらそうした傾向に拍車がかかっていた。
そんな智香子は今、自宅の自室にある勉強机に向かい、例の円盤を指で回していた。
一度弾みをつけて回すと、長時間そのまま回り続ける。
佐治さんが発見したこの円盤の性質は、慣性の保存、摩擦抵抗の極端な低減など複数の効果があると考えられていたが、実際にはそのうちのどれが原因なのか、この時点ではまだはっきりとしていない。
そういう理論面での原因の究明は、智香子のような中学生の手には完全に余る。
そちらの方面での研究は本職の大人たちにやって貰うとして、最近の智香子はこの円盤をなにかに利用できなかな、と考えていた。
なにしろこの円盤は、この時点で松濤女子は数百枚単位のストックを所持していた。
そのため、智香子自身も委員会の人たちに断った上で、そのうちの一枚をこうして自宅に持ち帰ることもできたわけだが。
例の〈武器庫〉と呼ばれる特殊階層に行けば、ほぼ無尽蔵に採取できるドロップ・アイテムであったので、委員会の先輩方もうるさいことはいわなかった。
研究が進めば、高値で取引をされるようになるのかも知れないが、この時点ではこの円盤も、そこまで貴重なアイテムというわけではない。
時間さえかければ、探索者なら誰でも回収可能なアイテムに過ぎないのだ。
この円盤について、智香子は、
「なにか意味、特定の使用法があるはずなんだよな」
などと、漠然と想像をしている。
というのは、このアイテムがドロップする場所は、その〈武器庫〉と呼ばれる特殊階層にほぼ限定されているからだった。
おそらくは、武器として使用するためのアイテムなんだろう。
サイズの割には重いその円盤を指先で弄びながら、智香子はそう考える。
見た目がフリスビーに似ていないこともなかったので、以前、智香子は一度試しに投げてみたが、特に変わった点はなかった。
円盤投げ、というのも、元々は武器だったそうだし、投擲武器の一種なのかな、とも思ったのだが、そこまでの威力はない。
いや、投げれば命中した場所に重量相当の衝撃を与えることができるのだが、所詮それだけであり、特殊な追加効果などは発生しなかった。
投げるための動作が大きく、時間もそれなりに要することを考えると、遠距離用の攻撃方法としては普通に〈ショット〉系や〈バレット〉系のスキルを使う方が、手軽で使用時に隙ができにくい。
一言でいうと、非実用的といえた。
さらにいえば。
と、智香子は思う。
一度弾みをつければ、長々と回り続ける。
という、この円盤の効果がなぜついているのか、説明がつかない。
おそらく、これは。
と、智香子は思考を進める。
こうして回すこと自体に、なんらかの意味や理由がある代物なのだ、と。
智香子は、指先で回していた円盤を止めて、一度机の上に置く。
それからスマホを取り出して、ネットで検索をはじめた。
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