第190話 隔靴掻痒
「委員会の仕事って、随分と多岐に渡るもんだな」
というのが、円盤の件を経験した智香子の率直な感想だった。
委員会の仕事が、というよりは、
「迷宮に関連する、処理をすべき事項が」
それだけ多い、ということなのだろう。
ほとんどの校外の探索者は、仕事として迷宮に潜っているわけであり、そうした付属した雑事も自分自身でやるか、それも対価を支払って誰かに外注している。
その、はずであった。
だが、松濤女子の場合は事情が少し特殊であり、大半の生徒たちは「あくまで部活として」迷宮に入っている。
迷宮に入ること自体が目的化しているので、その他の雑事に割いている時間が取れない、というのが、本当のところだろう。
ましてや、松濤女子の中で迷宮に入る生徒の半数以上が、他の部活との兼部組なのである。
そうした、迷宮に入る以外のこまごまとした雑事は、
「できれば、自分ではやりたくない」
というのが、大方の本音なんだろうな。
と、智香子は想像をする。
そのため、探索部の生徒たちを多面的にサポートする、委員会の存在意義は極めて大きかった。
というか、委員会が存在していなかったとしたら、今のような態勢で探索部が活動すること自体が不可能だったはずなのである。
「とはいっても、委員会の方でも、やるべき仕事ってのはもう固まっているわけでさあ」
橋本先輩は、そう説明する。
「だからあれ、そうした仕事を小分けにして、分担して手際よく片していく方法ってのが、それこそ何十年も前から確立しているわけで。
だから、実際にやってみると、そんなに負担でもないよ」
前例に則って、先輩方から代々伝えられている方法に沿って処理をしていけば、普通は問題が起こらない。
外部業者との交渉など、若干、頭を使う場面はあるにせよ、それ以外の仕事は先輩方から手渡されたマニュアル通りに処理をしておけば、それだけで大きな問題にはならない。
智香子たちが入学したこの時点で、そういうところまで、委員会の仕事はこなれているのであった。
ただ、例の円盤のように、時折想定外の仕事が発生することはあるのだが、それにしてもまったく前例がないわけでもなく、類似の前例から導かれた対処法が記録され、今に至るまで伝えられている。
そうでなければ、あの件についても、橋本先輩があれほど落ち着いて処理をできなかったはずだ。
と、智香子は考える。
人間と迷宮との関わりと、同じくらい長い歴史を持つ松濤女子探索部。
その探索部をサポートする委員会がこれまでに蓄積してきた経験は、智香子が漠然と想像していたよりも分厚く緻密だった。
「それは、そうなのかも知れないけど」
智香子がそんなことをこぼすと、黎はそんなことをいった。
「でも、チカちゃんは、その委員会がこれまでやろうとしてもこなかったことをはじめちゃったわけでしょ。
それだけでも、十分凄いと思うけど」
扶桑さんの会社と提携する件、のことだった。
純粋に智香子個人が発案したというよりは、この黎の人脈によって触発された部分が多く、智香子としては素直に喜べなかった。
誰も思いつかなかった、というより。
と、その件について、智香子は思う。
誰も、これまでの状態に不満を持っていなかった、というのが正しいのだろうな。
と。
智香子は、個人的な動機から、探索部の活動以外でも気軽に迷宮に潜ることができる環境が欲しかった。
しかし、普通の松濤女子の生徒は、そこまで迷宮に入る機会を増やしたいとは思わない。
そもそも、ほとんどの探索部員たちが、他の部活動との兼部組なのである。
仮にそうしたいと思う人がいたとしても、時間的にそうするだけの余裕がない生徒がほとんどであるはずだった。
ただ、現在の態勢では、十八歳以上の、いわゆるパーティの引率役が絶対的に不足しているのは確かだったので、扶桑さんの会社との提携も、決して無駄ではないのだが。
なんだろうな。
と、最近の智香子は、漠然とした不満を感じていた。
今の松濤女子探索部と、それに委員会の状況に、不足している物があると、そう感じている。
しかし、その不足している物が実際になんなのか、なかなかこうと指摘することができなかった。
もうちょっとで、こう、具体的な思考にまでたどり着けるような感触はあるのだが、今の時点では、せいぜいそこ止まりになっている。
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