第176話 フォーメーション

 いつまでも手応えのなさに呆けていられる状況ではなかった。

 なにしろシカ型のエネミーは通常群れ単位で行動をする。

 つまり周囲には、まだ大勢のエネミーがいる状態なのだった。

 智香子は床に激突して跳ね返ったメイスをそのまま〈フクロ〉の空間に収納し、かわりに〈雷撃の杖〉を取り出して自分の周囲に電撃の壁を作る。

 ほぼ時差なしで自分の体の周りを電撃の火花で覆った形だ。

 一瞬前まで無防備に見えたその火花の壁に、何体かのエネミーが鼻先を突っ込みかけて慌てて首を逸らす。

「そこ!」

「ほいよ!」

 などのかけ声をあげながら、黎、香椎さん、佐治さんの三人がシカ型の無防備な首筋に次々と得物を振り下ろした。

 鮮血があがり、シカ型たちは断ち切られた喉からひゅうひゅうと風音を出しながらその場に倒れていく。

 基本的にエネミーや野生動物は、人間が普通に考えているよりもよほどタフにできているものなのだが、いきなり頸部を損傷してそこから大出血をすると意識を保つのが難しくなる。

 脳幹に血液が循環する道筋が立たれ、脳が機能しなくなるのだ。

 三人はそのまま智香子の周囲にたち、その外を向いた。

 少し離れたところでは、羽鳥さんをはじめとする扶桑さんの会社の人たちが次々とシカ型を仕留めはじめている。

「使い物になりそうだね、そのメイス」

 向かってくるシカ型に対応しながら、黎が背中越しに智香子に声をかける。

「威力は大きいけど」

 智香子は〈ライトニング・バレット〉のスキルで三人を援護しながら答える。

「相手に隙がないと当たらないんじゃないかな、これ」

「最後の切り札!」

 両手に盾を装備して、突進してくるシカ型の首筋を横から叩いて進路を逸らしながら、佐治さんがいった。

「護身用と割り切れば、使いようはあるんじゃない?」

「まったく決め手がない状態よりはまし!」

 香椎さんは、左手に盾、右手に長剣といういつものスタイルだったが、佐治さんの盾によりよろけて自分の方に寄ってきたシカ型の首筋に素早く剣の刃筋を立てながら、左手の盾で別のシカ型の突進を逸らしている。

「そう考えるしかない!」

「そうなんだけどね!」

 智香子はすばやく周囲に目を配らせながら、〈ライトニング・ショット〉を素早く連発する。

〈ライトニング・ショット〉自体は、シカ型くらいの大きさのエネミーに対して、ほとんど殺傷能力を持っていない。

 ただ、電撃を直接打ち込まれるのはシカ型のような大型のエネミーにとっても不快ではあるらしく、〈ライトニング・ショット〉が頭部に直撃すると一瞬足を止め、頭を振るなどの動作をすることが多かった。

 そして、そうした動作は、エネミーに対して間近に接近している探索者にしてみればいい隙になる。

 黎と香椎さん、佐治さんの三人は、これまで迷宮内で智香子と行動を共にする機会も多かったので、こうしたエネミーの隙をうまく利用して効率よくエネミーを倒す方法を学んでいた。

 三人が智香子を囲んで守り、左右の仲間をフォローしつつ、エネミーに対処していく。

 そういうフォーメーションが、この時点でかなりうまく機能するようになっていた。

 三人に守られている智香子の役割は、間近なエネミーに対応している三人に代わって、少し遠目の状況を常時把握し、注意を向けて警戒すること。

 それと、〈ライトニング・ショット〉を連発して、エネミーたちの注意を逸らし、攻撃しやすい隙を作り続けることになる。

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