第175話 頭上の脅威

「ちょっと試してみなよ。

 この間いってた、超重たいメイス」

 そうして扶桑さんの会社のパーティーに入れて貰っていた時、迷宮の中で唐突に羽鳥さんにいわれた。

「どうせ、今も持っているんでしょ?」

「ええっと」

 智香子は戸惑った。

「持っているっていうか、〈フクロ〉の中に入れっぱなしになっているんですけど」

 委員会の倉庫から引き受けたのはいいが、さすがに実戦の場では使い勝手が悪すぎて、これまで使用する機会がなかった代物である。

「これ、実戦で使えるような物ではないんですよねえ」

 智香子は素直にそう述べた。

「持ったのを振り下ろすのがやっとで、まともに使えない状態だから」

 多分、このメイス一つで智香子自身の体重の数倍の重量はあると思う。

 迷宮産のアイテムにありがちな、物理法則を無視したような代物なのだ。

 智香子が知る限りどんなに重たい金属も、このメイスほどの比重はないだろう。

「じゃあ、そういう状況を作るから」

 羽鳥さんは「にひひ」と笑ってから、そう続けた。

「そのメイスがエネミーに通用するのかどうか、試してみたいでしょ?」

「いい機会なんじゃないかなあ」

 佐治さんが、呑気な口調でいった。

「実際、あのメイスがどこまで使えるのか、知りたい気持ちもあるでしょ?」

「ベテランの人たちが周りを固めているのならば問題ないんじゃないかなあ」

 黎までもが、そんなことをいいはじめる。

「部活だと、安全第一の方針だから、そういう実戦試験もできないし」

 むむむ。

 と、智香子は悩んだ。

 扶桑さんの会社の人たちと合同でパーティを組んでいるのだから、大半は素人に毛の生えた程度の経験しかない人たちになる。

 この人たちのレベリングを扶桑さんの会社の人たちが行って、その間、智香子たち松濤女子の子たちが周囲を警戒する、という例のフォーメーションだった。

 多分羽鳥さんは、単調な作業になりがちな中、どうにかして目新しい刺激をお客さんたちに提示したいという気持ちがあるんだろうな。

 と、智香子は予想をする。

 少し悩んだ結果、

「まあ、いっか」

 と結論をした。

「そこまでいうのなら」

 智香子は羽鳥さんにいう。

「やってみましょうか」

 例のメイスを試してみたい、という気持ちの他に、こういう状況でもなければ使用実験はできなさそうだ、という予測も手伝っている。

 第一、仮に智香子が失敗しても、周りの人たちにフォローして貰える状況の方がなにかと都合がいいのも事実だった。

「そうこなくっちゃ」

 羽鳥さんは頷き、その後すぐに、

「で、獲物はなにがいい?

 クマ?

 ウシ?」

 などと訊いてくる。

「ええっと」

 智香子は少し考えて、

「シカ型、あたりで」

 あんまり小型のエネミーだと威力の検証がしにくいし、かといってあんまり大型のエネミーが相手になると智香子の方が対応できない。

 シカ型は、現在の智香子の実力ならぎりぎりなんとかできそうなラインに思えた。

「もっと欲張ってもいいと思うけどな」

 羽鳥さんはそんなことをいいながらも、すぐに〈フラグ〉を使ってシカ型が多く出没する階層へと移動する。

 もともと扶桑さんの会社では、こうしたレベリングをする時にどこの階層を使用しなければならない、という決まりはないらしい。

 ただ、あまり浅い階層ばかりうろついても、経験値が溜まりにくいので効率は悪くなるのだが。

 とにかく、その辺の裁量はパーティを率いる責任者に一任されているので、今回のように羽鳥さんの意思で階層を移動することにも問題はなかった。

 階層を移動した後、〈察知〉でエネミーの居場所を求めながらしばらく移動をする。

「いた」

 そして、遠目にシカ型の姿を認めたところで、羽鳥さんがそういった。

「チカちゃん、いっちゃえ」

「はい」

 返事をするのと同時に、智香子は〈フラグ〉を使用して一番手前にいたシカ型エネミーの頭上、二メートルほどの地点に出現。

 そのまま〈フクロ〉から取り出した重たいメイスを振り下ろしながら落下した。

 その下にいたシカ型は智香子が直上に出現したことに気づく前に、重たいメイスの一撃を頭蓋に受ける。

 智香子自身の体重とそれにメイスの重量、落下速度までが乗ったせいかシカ型の頭骨はまるで卵の殻であるかのようにあっさりと砕かれ、智香子はメイスをそのまま地面にまで振り下ろしきった。

「え?」

 攻撃をした智香子の方が、その手応えのなさに驚き、戸惑ってしまう。

 なんだ、これ。

 と、智香子は思った。

 シカ型は、浅い階層に出現するエネミーの中ではかなり大型の部類に入る。

 その頭を、ほとんど抵抗なく潰せるとは。

 そこまでの威力は、智香子は想定していなかった。

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