第174話 界隈の事情
委員会の活動をはじめてからも智香子たちは迷宮に入っていた。
とはいえ、その頻度は以前とさして変わらず、せいぜい週に一度か二度程度であり、しかもそのほとんどを扶桑さんの会社から派遣された人たちといっしょに入っている。
智香子がいい出しっぺだから、テストケースにも積極的に協力せよ、ということらしかった。
最初の時以来、経営者である扶桑さん自身が参加をすることはなかったが、その代わりに同じような顔ぶれが交代しながらやってくるようになり、自然と年上の顔見知りが増えた。
扶桑さんの会社のお客さんはほとんど毎回、顔ぶれが変わったのだが、そのお客さんに随移行する会社のスタッフは、どうやら少ない人数でやりくりをしているようだった。
まあ、業務内容からいっても、百名以上の社員を抱えるような会社じゃないしなあ。
と、智香子は考える。
実際に迷宮内に入ることも考慮すると、ちょいと求人誌で募集をかけて、とか、契約社員を雇ったりするわけにもいかず、探索者としての実績を持ちつつ扶桑さんの会社の方針に理解がある人が、手伝っている形になるわけで。
そういう人は、必然的に少なくなるのだろうな、と、智香子は想像をする。
普通に探索者として活動する方が、扶桑さんの会社から賃金を貰って活動するよりも、ずっと効率よく稼げるからだ。
「ああ、それは」
迷宮内で休憩を取っていた時、そうした疑問を口にしたところ、そうして知り合った羽鳥さんという人がそう答えてくれた。
「うちら、お礼奉公だから」
「お礼奉公?」
智香子は、首を傾げる。
「そ。
まあ、仲間内で使っている通称だけど」
羽鳥さんは、少し詳しく教えてくれた。
「うちの会社で探索者としてのいろはを教えて貰いたいけど、でも授業料はすぐには用意できない。
わたしみたいなそういう人は、探索者としてやれるようになってから、一定期間会社のために働く約束をしていろいろ教えて貰う、と」
「ああ」
智香子は頷いた。
「奨学金の実働ヴァージョン、みたいな感じですか?」
「そうそう」
羽鳥さんは頷く。
「わたしみたいな貧乏人は、探索者としてやっていくための道筋を得る。
うちの会社は、格安で働いてくれるバイトを安定的に得ることができる。
そういうバーター取引」
「なるほど」
と、智香子は感心をした。
いろいろ考えるものだなあ。
経験のある探索者を安定的に雇用するというのは、実は難しいのだが。
でも、こういうシステムであれば、なにも問題はない。
というか、探索者を増やすという目的から考えれば、完全に拡大再生産していることになる。
「それ以外に、蒲田の方にある付与術士の工房に派遣されている子なんかもいるし」
羽鳥さんはそう続けた。
「知っているかどうか知らないけど、付与術士の仕事って一度途絶えちゃったんだよね、後継者がいなくて。
そりゃ、探索者としてやっていけるのなら、付与術士なんてやらずにそのまま自分で稼いだ方が手っ取り早いからさ。
でも、迷宮攻略作業って全般でみると、そうした探索者をバックアップする仕事のニーズもあるってわけで。
で、うちの会社からも希望者募ってそっちに派遣して技術を教えて貰っているんだ」
探索者社会界隈も、それぞれ自分の思惑で動いている人たちが大勢いる。
どうやら、そういうことらしかった。
「それから、珍しいところでは、少し前から珍しい子がうちに出入りをするようになってさ」
羽鳥さんは、そう続ける。
「珍しい子?」
智香子は、首を傾げた。
「なんと、男の子」
羽鳥さんは、そういう。
「しばらくソロでやっていたって子でね。
レベリング要員として、週に何度かうちで働いて貰っている」
そのうち顔を合わせる機会もあるんじゃないかな、と、羽鳥さんは続けた。
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