第168話 智香子の不満

 智香子の母親もいっていた、

「いい経験になる」

 というやつだった。

 それはそれで、一面の事実なのだろう。

 たとえばアイテム類を売却したお金の管理など、実質的には一般企業の経理だとか会計かと、作業内容的にはさほど変わらないはずなのだ。

 社会に出る前に、それどころか大学に入学する前に、そういった実務経験を積んでおけば、社会に出てからのアドバンテージとなることは智香子にも納得ができる。

 委員会を経験した卒業生から、多くの起業家が出ているというのも、おそらく嘘ではないのだろう。

 多額の現金の管理など、実務経験の他に、委員会に参加していれば、自然と人と付き合い、管理をする方法を実践的に学ぶわけで。

 そうした経験があれば、起業に対する心理的なハードルはかなり低くなるはずだった。

 しかし。

 と、智香子は思う。

 本当に、それでいいんだろうか。

 それだけ多くの仕事を委員会だけで独占していることが、智香子にはとても不自然に感じられた。

「委員会に仕事が集中していることは」

 漠然とした考えを整理しながら、智香子はゆっくりとしゃべり出す。

「とても不自然だと思います。

 本来ならば、探索者として活動している他の生徒たちも負担をしていなければならない仕事も、まとめて委員会が面倒を見ているように見えるからです。

 委員会以外の生徒たちから見れば、面倒な仕事を委員会に押しつけているつもりかも知れません。

 ですが、裏を返せば、委員会が貴重な経験をする機会を、他の生徒たちから奪っているようにも見えます」

「そうね」

 千景先輩は、この意見にも反対はしなかった。

「そういう面は、正直にいってあると思う。

 でも、これまでそれでなんの問題もなく処理てきてもいる。

 だから、あなたが多少不満を持ったとしても、この現状を変えるのは難しいと思う。

 だって、委員会も委員でない人も、誰もこの現状に不満を持っていないんだもの」

「わかります」

 今度は、智香子が千景先輩の意見に頷いた。

「誰も不満を持っていないから、現状を変えるモチベーションもない。

 おそらくは、現状を変えてもメリットがない。

 みんな、そう思っている」

 面倒なことには手を出さない。

 そういう心情は、智香子にもよく理解ができた。

「でも、それは」

 それでも、智香子はそう続けた。

「とても、不公平です」

「冬馬さんって、案外理想主義者なんだね」

 千景先輩は、そういって笑みを浮かべた。

「それで、理想主義者の冬馬さんとしては、これからどうするの?

 誰もがこれでいいと、そう思い込んでいる現状を変えていくのは、並大抵のことではないよ」

「ええ、と」

 智香子は、少し考えてみる。

 これまで智香子は、積極的に自分の意思で動いていた、とはいいがたい。

 これは、動かしようがない事実だった。

 探索部に入ったのだって、たまたま興味を持ったからだったし、それに、今、こうして委員会に見学に来たのも、千景先輩に誘われたからだ。

 でも、ここから先は。

「まずは、委員会に入って仕事をおぼえてみます」

 少し考えた結果、智香子ははっきりと断言した。

「それから、何年かかけて、おそらく卒業まで期間をかけて、委員会のあり方を変えてみようと思います」

 松濤女子は中等一貫校であり、つまりは、智香子が卒業するまで、あと五年以上の期間がある。

 それだけの時間があれば、智香子にもなにかできるのではないだろうか?

 

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