第163話 寄付金の行方

「あの、いいっすか?」

 今度は佐治さんが片手をあげて問いを発する。

「余ったお金を寄付しているのはわかりました。

 で、具体的にはどんな団体にあげているんですか?」

「交通事故の遺児とかを支援する団体とか」

 千景先輩は即答をする。

「変わったところでは、ロストした探索者の遺児を育英する団体とか。

 両親ともに探索者って人はそんなに多くないんだけど、シングルマザーあるいはシングルファーザーで探索者をしている人は割と多いから。

 まあ、そういう支援を必要とする人もそれなりに出てくるわけ」

 ここで香椎さんが一瞬身を固くしたような気がしたが、ひょっとするとそれは智香子の思い過ごしかも知れない。

「とにかく、委員会としてはお役所に全額持って行かれて使い道がわからないよりも、そうした団体に寄付をして使い道がはっきりとわかり、なおかつ節税にもなる方法を代々選択しています」

 千景先輩は、そう続ける。

「きとんと計算して、一番節税になる金額に設定しているんですよね?」

 香椎さんが、そう確認をした。

「もちろん」

 千景先輩は、あっさりと頷く。

「なにせ、金額が金額でしょ。

 何重にもチェックして記入漏れや間違いがないように気をつけ、その上で外部に監査をして貰った上で納税をしています」

 その外部の人たちも、お金を出して監査して貰っているんだろうな。

 と、智香子は思う。

 なにしろ金額が金額だから、それくらい慎重に扱っても決して不自然だとは思えなかった。

「それで毎回、迷宮から持ち帰ったアイテムをチェックしていたのか」

 佐治さんが、小さく呟く。

「ドロップしたアイテムを、持ち帰った子たちが自分で使う分には問題はないんだけどね」

 千景先輩は、そう応じる。

「でも、それ以外の、委員会に提出をする分のアイテムについては、鉄の硬貨一枚たりとも数え間違いがないように気をつけています。

 それらのドロップ・アイテムは、個々の価値にかかわらずすべてこの松濤女子の共有財産、資産になるわけですから、万が一にも帳簿上のデータと在庫との齟齬が発生してはいけないわけ」

 わあ、と、智香子は思う。

 それって案外、難しいのではないか。

 いや、それくらい、シビアに扱う必要があることは、理解できるのだが。

 なかなか、目の前に提示された情報が智香子の脳内でリアルに認識できなかった。

 なんというか、そう。

 これまでの智香子の日常を取り巻くあれこれと、ここ委員会での活動内容とは、本質的に違い過ぎている。

 そんな気がした。

 ……やっぱり、断ろうかな。

 と、智香子は思う。

 そもそもの最初から、智香子は自分が委員会に参加することに乗り気ではない。

 好んで委員会に入ろうとする人は、つまりは将来的には会社の経営者とかを目指すビジョンがある人たちで、そういう人たちにとっては委員会での活動は「いい経験」になるのだろう。

 しかし智香子は、この時点で自分の将来について、そこまで明確な目的意識を持っているわけではなかった。

 というか、普通の中学一年生女子はそんなビジョンは持っていない、と、思う。

「あの」

 智香子がそのことを告げようと口を開きかけた時、どやどやと室内に数人の生徒たちが入ってきた。

 全員が探索者用の保護服を着用しており、ということはつまり委員会の人たちなのだろうな、と、智香子は悟る。

「委員長、今日もなかなか大漁だったよ」

 その一団の先頭にいた人がいった。

「普段よりも金貨が多めで」

「名瀬さん」

 千景先輩がいった。

「ちょうどよかった。

 この子たちを、倉庫の方に案内してくれない?」


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