第154話 罠
「ちょっといいっすか?」
いつの間にか背後に近寄っていた佐治さんが、背中から智香子の首に両腕を回しながらそういった。
「すぐに決めなければならないようなことでもないし、その件はちょっと保留ということにしてくれません?
わたしら、これから迷宮に入るわけでして」
「こちらとしても、強引に勧誘をするわけでもないけど」
千景先輩は素直に引きさがる。
「でも、そうね。
時間がある放課後にでも一度、委員会の方に顔を出してくれない。
活動内容を見学してから、改めて考えて貰った方がいい気がするし」
といって、智香子を解放してくれた。
今回いっしょに迷宮に入る先輩に声をかけられたので、智香子たちはそのままパーティに合流をして迷宮の中に入っていく。
「さっき千景に声をかけられていたけど」
迷宮に入ってそうそう、高等部一年の先輩に話しかけられた。
「ひょっとして、委員会にでも誘われている?」
「ええ、まあ」
智香子はその問いをその場で首肯した。
別に隠すような用件でもなかった。
「もうそんな時期かあ」
その先輩はいった。
「委員会、実は志望者も多いんだよね。
でもそれだけでは足りないから、ちょうど今くらいの時期からこれはと思う人に声をかけてはじめるんだけど」
「はあ」
智香子は控えめに頷いておく。
「志望者、多いんですか?」
「うち、何代か続けて入学して来る人、多いから」
その先輩は丁寧に教えてくれた。
「親とかおばあさんも卒業生ってパターンね。
で、そういう家系は、探索部や委員会に入っておけって伝える割合が多いみたい。
どちらも、絶対に将来の役にたつから、って」
そんなものかな、と、智香子は考える。
昨夜、母親からも似たようなことをいわれていたが、中学とか高校とかの時期に経験しておいた方がいいことというのは、あるのだろう。
あくまで、
「大人の目線から見てそう思える」
というだけであり、智香子たちの年代にとっても好ましい意見かどうかはまた別問題なのだろうが。
移動をしながらそんなやり取りをするうちにその日の目的地に到着し、会話はそこで途切れる。
今の智香子の実力だと、パーティの動きについていくのが精一杯で、そうした会話を続けながらエネミーの相手をするような余裕はなかった。
いつものようなパーティ全員でエネミーを狩って迷宮から出ると、千景先輩の姿は見えるその代わり別の委員がドロップした品々を回収しに来た。
この日は武器や装備品、貴金属など値打ち物はドロップせず、鉄くず同然のスクラップばかり持ち帰っている。
現在智香子たちが入るのは比較的浅い階層であることもあり、割合としてはこうした「冴えない成果」の日が多い。
価値のあるアイテムを手に入れたかったら、積極的にもっと深い階層に潜るべきなのだが、松濤女子の場合は収益性よりも生徒たちの安全性を重視しているので、かなり慎重に潜るべき階層を選択していた。
もっと深い階層に足を踏み入れたとしても、効果であったり多少は役に立つアイテムが出てくる確率はそんなに増えないそうだが。
ただ、深い階層に行くほど、出てくるアイテムは高額な物になる傾向はある、という。
危険な場所へ行けば行くほど手に入る物も良質になる、というわけで、専業の人たちは競うようにしてより深い階層を目指すと、智香子は聞いていた。
高価なアイテム、探索者が使う装備として役に立つアイテムが出てくる確率は、そんなに多くはない。
それだけに、「当たり」が出ると嬉しくもある。
迷宮がなぜそんな風になっているのか、まだ誰も解明していなかったが、一部も人がいうようにこの迷宮が何者かの意思によって設計された存在だというのなら、人間の欲望をうまく刺激する構造にはなっているな、とも思った。
相応の実力がないと、あまり深い階層には潜れない。
その上で、よりよいアイテムを手に入れるには偶然に頼るしかない。
つまりは、より努力をしようとする意欲と射幸心、その両方がうまく刺激されるようになっているのだ。
さらにえば、判断を誤れば容赦なく命を落とすという恐怖も共存している。
迷宮という存在そのものが、うまく人間の欲望を刺激し、誘い込むようにできているのだ。
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