第153話 思案のしどころ

 基本、迷宮の中の構造というのは、階層によってそんなに変化をすることがない。

 変化をするのは出没するエネミーの種類くらいなものであり、中の構造というのはほとんど変わらなかった。

 どこの階層にいっても目にする光景といえば不自然に白い壁と床、天井を持った通称「巨人の回廊」と呼ばれている、どこかそよそよしい見た目をしていた。

 その通路が複雑に入り組んでいることは、「迷宮」という通称からしても改めて指摘をするまでもない。

 それよりも重要なのは、どの階層にいっても見た目に大きな変化がないため、一層、内部で迷いやすくなっている、ということだった。

 幸いなことに、多くの探索者は迷宮内部の構造を明らかにすることよりも、エネミーを倒すことに力点を置いている。

 さらに、パーティ内の何人かは必ず〈フラグ〉などの脱出にも使用できるスキルを習得しているはずだったので、迷宮の内部で遭難するという状況はほとんど生じない。

 なにごとにも例外はあるのだが、ほとんどの場合、こうしたスキルのおかげで探索者は迷宮の構造や道順などを気にとめる必要がなく、無頓着でいることができた。

 そう。

 しかしなにごとにも、例外という物は存在する。

〈特殊階層〉とは、そうした変化の少ない迷宮内部において、他の場所とは違った、なんらかの性質を有する場所につけられた通称になる。

 夏に体験した、不条理なことに迷宮内にビーチが出現していたあの階層は、かなりわかりやすい〈特殊階層〉といえた。

 それ以外に、これまで智香子たちが積極的にレベリングに利用してきた、あの〈バッタの間〉も、一種の特殊階層だと呼べないこともない。

 そうしたわかりやすい例以外にも、一部のスキルが使用不能になったりする場所も、迷宮内部のどこかに存在するという噂だった。


「そこそこ倒しやすいエネミーが出て、それを倒すと高い頻度でアイテムがドロップする」

 智香子は、千景先輩のいった内容をまとめてみた。

「そんな便利な場所があるというのに、なんでその情報が広まっていないんですか?」

「便利なことは確かだが」

 千景先輩はいった。

「そこまで便利すぎるというほどでもない。

 たとえば、あの〈バッタの間〉は初心者がレベリングをするためには便利な場所だが、探索者としてある程度育ってくると、ほとんど利用価値がなくなる」

 十分に育った探索者は、そもそもバッタ型を多少倒したくらいでは、なんの恩恵も得られない。

 もっと手強い、経験値的に貢献するようなエネミーを相手にした方が、よっぽど効率がいいからだ。

「つまり」

 智香子は、考えつつそういった。

「その〈特殊階層〉で得られるアイテムは、わたしたち程度のならば利用価値があるけど、もう少し上級に移行した人にはなんの価値もない。

 その程度のアイテムがほとんど、というわけですか?」

「そういうこと」

 千景先輩は大きく頷いた。

「威力はさほどでもないけど、装備したり使用し続けるとスキルが生えやすくなる。

 そんな効果を持つアイテムが落ちやすい場所だと、そう思って」

 スキルが生えやすくなる、か。

 と智香子は思う。

 智香子が普段使っている〈雷撃の杖〉も、そうした効果を持つアイテムの一種である。

 しかし、その〈杖〉自体の効果はさほど強力なわけでもなく、智香子ももう少し累積効果を蓄えたらこの〈杖〉を別のアイテムに乗り換えるはずであった。

 いや、そうした効果をスキルが生える端から持つアイテムをとっかえひっかえして、使用可能なスキルの数を増やすことに執心するタイプの探索者も、いないわけでもない。

 智香子自身は、使えるスキルの種類よりも、使いこなせるスキルの数の方が重要だと思っていたので、そこまで多くのスキルを生やすことに拘っていなかったが。

 だが、その智香子にしても、いまひとつ殺傷能力に欠ける電撃系以外のスキルが欲しくないといったら、嘘になる。

 どうしよう。

 と、智香子は考える。

 この提案は、これから先五年以上もの時間を委員会に捧げるほどに、魅力的なものだろうか。

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