第152話 見返り

 母曰く、

「若いうちからそういう経験を積んでおいて、損はない」

 とのことだった。

 まあ、それはそうなんだろうな、と、智香子も思う。

 そもそも、他の場所でそれくらい大きな責任を中学生や高校生に負わせる場所は、現代の日本にはほとんどない。

 そのはずである。

 経験には、なるのだろう。

 そのこと事態は、智香子にしても異存はない。

 だが。

 と、智香子は思う。

 だからこそなおさら、気が重い。

 自分自身が、そんな「責任のある立場」に立つことに。

「実務経験を積んでおけば、社会に出てから絶対に有利だから」

 などと母は重ねてそんなことをいうのだったが。

 さて、どうするべきか。

 と、智香子は考え込む。


「冬馬さん」

 数日後、放課後に迷宮前ロビーで千景先輩に捕まった。

「あの件、考えてくれた?」

「ええと」

 智香子は言葉を濁す。

「考えてはいるんですが」

「ってことは、結論は出ていないってことね」

 千景先輩は、ため息混じりにそういう。

「まあいいわ。

 別に急ぐような用件でもないし。

 ただ、前にいったアイテム以外にも、委員になればそれなりの見返りがあるとはいっておくけど」

「見返り、ですか?」

 智香子は首を傾げた。

 迷宮活動管理委員会もだが、智香子たち松濤女子の生徒たちが行う活動はあくまで、「校外活動の一環として」行われている。

 当然、営利活動などは一切、その校外活動の最中に行うことを許されていない。

 では、千景先輩がどのような事物を「見返り」としているのか、智香子はうまく想像ができなかった。

「形がないものならば、問題にはならないの」

 千景先輩は、智香子の疑問を見透かしたようにそう続けた。

「たとえば、迷宮内でごく限られた人しか知らない、おいしいスポットとか」

「おいしい、ですか?」

 具体的な内容が想像できなかった智香子は、反射的に訊き返していた。

「たとえば、〈バッタの間〉のような?」

「あそこも経験値的に見れば、初心者にはおいしい場所ではあるんだけど」

 千景先輩はいった。

「それ以外に、アイテムのドロップ率が他よりもずっと高い場所とかが、いくつかあるの。

 普通、そういう場所は仲間うちだけで教え合って、他の探索者には知られないようにするのだけど」

 ドロップ率が高くなる場所、か。

 と、智香子は思った。

 それは確かに、「おいしい情報」なのだろう。

「そこって、今のわたしたちが行っても危険ではないんですか?」

 智香子はその場で浮かんできた疑問を千景先輩に確認した。

 ただし、実際にそのメリットを享受できるのは、その場所に出現するエネミーに対抗できるだけの実力を備えている探索者に限られるわけだが。

「もちろん」

 千景先輩は胸を張って答える。

「今のあなたたちの実力なら十階層からせいぜい二十階層くらいまでが適正な狩り場になると思うのだけど。

 そこの場所は、エネミーの脅威度からいえばだいたい十三階層に該当するから。

 あなたたちでも、十分に対応可能なはず」

「ちょっと待ってください、先輩」

 それまでそばで二人のやり取りを見守っていた黎が、唐突に口を開いた。

「その口ぶりだと、その場所って、迷宮内の普通の場所ではなくって……」

「そう。

 特殊階層って呼ばれる空間になるね」

 千景先輩はあっさりと認めた。

「歴代の委員会の子だけにしか場所を知らされていない、極秘の特殊階層があるの」

「特殊階層」

 智香子は、小さく呟く。

 その存在は知っていたが、これまで智香子が身近に感じる機会がなかった場所だった。


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