第149話 勧誘

「へ?」

 この唐突な申し入れに対して、智香子は足を止めて間の抜けた声を出して答えた。

 まったく予想をしていなかったので、一瞬思考が停止してしまったのだ。

「ええっと」

 しかしすぐに気を取り直して歩き出し、智香子は千景先輩にいう。

「委員会ってあれ、迷宮活動管理委員会、のことですよね?」

「それ以外にないでしょ」

 千景先輩は冷静に対応した。

「仕事が追い割には志望者が少なくて、慢性的に手不足状態なの。

 あなたのように機転が利く子ならいつでも歓迎」

 ということは、人数さえいればいい、ってわけでもないのか。

 と、智香子はそんなことを考える。

「具体的な仕事の内容とか、訊いてもいいですか?」

 智香子は質問した。

「あと、受けるとしたら、どれくらい拘束されるのか、時間的な部分も確認しておきたいです」

 受けるにせよ断るにせよ、具体的な実態を知ってからでも遅くはない。

 智香子はそう判断したのだった。

 委員会のような面倒そうな活動には首を突っ込みたくはない、というのが智香子の本音だったが、仮に断るにしてもいきなり断るよりはある程度活動実態を知った上でなんらかの、もっともらしい名目をつけた方がいいだろうと思ったのだ。

「委員会の仕事は、実はそんなに大変でもない」

 千景先輩はいった。

「というのは、今は自動化が進んでいるから。

 パーティ人員の割り振りみたいなのはほとんどアプリ任せだし、アイテムの管理なんかもそんなに頻繁に出入りをするものでもないし」

「でも、手不足なんですよね?」

 智香子は確認をする。

 楽な仕事だといいながら智香子を勧誘してくるのは、矛盾なのではないか。

「楽は楽なんだけど」

 千景先輩は露骨に視線を逸らす。

「でも、希望者や志願者も少ない。

 さらにいうと、頭を動かす習慣がある子が欲しいかな、と」

「考えておきます」

 智香子は冷静な口調でそういった。

 もちろん、時間をおいてから正式に断るつもりだった。

「ええと」

 千景先輩は智香子の口調や態度になにやら感じる物があったようで、狼狽した様子を見せはじめる。

「委員会に参加すると、内心がよくなるよ。

 それと、そうだ。

 いいアイテムを優先的に回すようにしよう」

「いいアイテムを?」

 智香子は首を傾げる。

「そんな権限が、委員会にあるのですか?」

「しかじかの権限があります、って、どこかに明文化されているわけでもないけどね」

 千景先輩はいった。

「ただ、アイテムの管理は委員会が行うことになっているし、誰にどのアイテムを預けるのかの判断も委員会がすることになっている。

 校内に残っているアイテムっていうのはだいたいあまり値打ちのない、迷宮の中で使うしかない物がほとんどだから、多少融通を利かせても誰からも文句は出ない。

 そういうことになっている」

 高価なアイテムは優先的に換金されるし、そうでないアイテムというのはつまりはよくドロップするとか性能に問題があるとか、とにかく校内の倉庫に残っているだけの理由が存在する。

 その、比較的利用価値が低いアイテムの中から、どれをどの生徒に使わせようとも、その選択を問題視するような人はいない。

 と、いうことらしかった。

 要するに。

 と、智香子は思った。

 どのアイテムを選んだとしても、五十歩百歩ということなんだろうな。

 もちろん、各人の適性、探索者として能力はそれこそ人によってかなり違うわけで、能力とか向き不向きを委員会の人が判断をして、そうした在庫品の中からその人に合ったアイテムを割り振っているのだろうが。


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