第142話 見本を見せる

 長い食事と休憩の時間が終わり、智香子たちは再び扶桑さんのパーティと合流し、迷宮の中へと入っていく。

 午前中と同じくまず〈バッタの間〉へと向かい、その直後に扶桑さんが、

「今度は、松濤女子の方々にお手本を見せて貰いましょうか」

 などといい出す。

 勝呂先生が食事前にいった通りの内容であり、智香子たちが知らないところで勝呂先生と事前に口裏を合わせていたのではないかと、そう思いたくなった。

 倫理的な準備をしていた分、その突然のリクエストに智香子たちが慌てたり戸惑ったりすることともなかった。

「……あまり驚いていない?」

 そんな智香子たちの様子を見て、扶桑さんが怪訝な表情になる。

「ある程度予想していましたので」

 智香子は平静な声で返す。

「そう」

 扶桑さんはあっさりと頷いた。

「これからのこともあるし、あなた方の実力を確認しておきたいってこともあるので。

 無理にとはいいませんが、松濤女子の皆さんで〈バッタの間〉を攻略して見せてくれませんか?」

 そう、続けた。

 扶桑さんが勝呂先生の方に視線を向けると、勝呂先生は即座に無言で頷く。

 扶桑さんは智香子たちの引率者である勝呂先生の許可を取っておきたいと思い、勝呂先生はそれを了解した、ということなのだろう。

 扶桑さんの立場からすれば、智香子たちの実力をその目で確認しておきたい、というのも間違いなく本音なのだろうけど。

 と、智香子は思う。

 なんか、すっきりしないなあ。

「いいですか? 先生」

 なにもいわない一年生たちに変わって、唯一の上級生である千景先輩が確認する。

「いいよ、やって見せて」

 勝呂先輩は平静な声で許可を出した。

「いつまでも見張りばかりじゃ、退屈でしょうし」

「わかりました」

 千景先輩は一度頷くと、躊躇せずに〈バッタの間〉へと向かう。

 いつの間にか〈フクロ〉から取り出したのか、その手に二メートル以上はある槍を持っていた。

 柄の部分がやけにゴツゴツとして凹凸があったから、多分、ドロップ・アイテムなんだろうな。

 と、智香子は思う。

 迷宮でドロップする武器や防具類は、一見して無駄に思える装飾ななされていることが多い。

 昨日一点張りでシンプルな形をしているのはだいたい人類が製造した武器、そうではない、なんでそんな形状をしているのか理解しがたい場合はドロップ・アイテムであると見てまず間違いがなかった。

 千景先輩は、槍使いか。

 と、智香子は思う。

 これまで智香子たち一年生は、そういえばこの千景先輩が探索者として働く現場を見たおぼえがない。

 槍は、探索者が扱う武器の中ではかなりポピュラーな物だった。

 剣や弓などと比較すると、扱いに熟練をあまり必要とせず、最悪でも柄で殴るだけでもそれなりにエネミーに対応できるという利点があるからだ。

 それに、そうした武器の扱いに不慣れな探索者は、まず棒を武器として使用することが多い、ということも槍使いが多くなりがちな理由になっていた。

 間合いの感覚などから、棒から槍に持ち変えることは容易だった。

 そんな槍も、熟練者が扱えばかなりの威力を発揮する。

 この千景先輩の場合は、どうだろうか?

 などと思いながら見守っていると、千景先輩はそのまま速度を変えずに〈バッタの間〉の中に突入していき、同時に、千景先輩の周囲で見えないなにかが動いていた。

 ぶんぶんと風を切る音だけが大きく聞こえ、千景先輩の周囲にばたばたとバッタ型が落下していく。

 振り回している槍の動きが速すぎて、智香子の目には捕らえられなかった。

 どうやら智香子だけではなく、佐治さんや香椎さん、それに黎までもがその様子を見て目を丸くしている。

 千景先輩はといえば、智香子たちの驚きも感知する様子もなく、大量のバッタ型を叩き落としながら無造作に歩き続けていた。

「ほい、一年生たち」

 そんな智香子たちに、勝呂先生が声をかける。

「あんたたちも早く動かないと、あの先輩だけで〈バッタの間〉を全滅させちゃうよ」

 そういわれて、一年生がようやく動き出した。

 勝呂先生のいうことは、決して大げさではない。

 智香子たちだって、単独でこの〈バッタの間〉を全滅させている実績があるし、だとすれば千景先輩にだって同じことができるはずだ。

 ただ、まだ半年ほどしか探索者として活動をしていない千景たちと比べて、この千景先輩はその十倍以上の累積効果を得ているはずであり、その分、効率的にバッタ型を倒せるはずなのである。

 つまりは、

「ぐずぐずしていると、千景先輩だけで全滅させてしまう」

 というのは、紛れもなく、

「やりかねない」

 の事態なのであった。


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