第140話 食前会議

 食事を取る都合もあったので、休憩時間は二時間ほどに設定されていた。

 ほとんど動かず、従って汗もかかずにいた智香子たちと違って〈バッタの間〉に挑んでいた人たちは一度汗を流す必要があったし、その上食事を摂って休息もして、となるとどうしてもその程度の時間は必要となる。

 智香子たちはといえば、とりあえず勝呂先生が奢ってくれるというので松濤女子組だけで固まって食事に行くことになった。

 勝呂先生に先導されて向かったのは迷宮が入っている同じビルにテナントとして入っているレストランで、なんだかいかにも高級そうな内装のお店だった。

 少し前の智香子なら内心で恐縮したのだろうが、今となっては現役の探索者の実入りがよいことを知っているので特になにも感じない。

 勝呂先生も本業の傍ら、時間が空いた時などに迷宮に入って荒稼ぎをしていてもおかしくはなかった。

 いや、そうしない理由がない。

 私学である松濤女子は教員の副業を禁じてもいなかったし、勝呂先生だけでが例外ということもなく、卒業生がそのまま教員として採用される例も決して珍しくはなかった。

 そして探索者とは、相応の対処法さえ身につけてしまえば後は短時間でかなり効率よく利益を得ることも可能な仕事なのである。

 そのため、別に本業を持ちながら余暇を利用して稼ぐ兼業探索者の割合いも多かった。


 勝呂先生が智香子たちを連れて入ったのはフレンチのお店らしく、探索者用の保護服を着たまま入っていくことに智香子たちは抵抗を感じた。

 制服姿ならばともかく、探索者用の保護服とは、どう考えてもこうしたフォーマルな場には馴染まない。

 しかし勝呂先生の方は気にする様子もなく、

「お店の方も慣れているし、このお店とは長いつき合いだから」

 と智香子たちにいって、そのまま入っていく。

 対応に出たお店の人も、智香子たちの服装を見て表情をひとつ変えない。

 考えてみればこのお店はこの、迷宮が入っているビルの中にあるわけであり、おそらくはこうした探索者のお客も普通に出入りをしているのだろう。

 金払いがいい探索者という人種は、こうした客単価が高そうなお店にしてみればありがたい存在でもあるはずで、その意味での「萎縮する必要はない」という勝呂先生の意見は間違ってはいないようだ。

「コース料理を頼むほど時間に余裕はないけど、適当に頼んでいいかな?」

 席に着いた勝呂先生は、智香子たち生徒の顔を見回してからそう確認をした。

 生徒たちは、誰もその意見に異を唱えない。

 そもそも智香子は、このようなお店でなにを頼めばいいのかよくわからなかった。

 勝呂先生はすぐに店員さんを呼び、軽い問答をしながら、

「前菜はこれ、お肉はこれ」

 と慣れた様子で決めていく。

 日によってどんな材料が入っているのかわからないから、店員さんと相談しながら決めているらしい。

 そんな様子を見ながら智香子は、

「なんだか凄いことになってきたな」

 と、そう思った。

 フルコースでこそないそうだが、それでも智香子にいわせれば想像していた以上に豪勢な食事になるらしい。

「それで、さっきの見てどう思った?」

 注文を済ませた後、勝呂先生はまた生徒たちの顔を見回しながらそういった。

「どうっ、て?」

 智香子は、小さく首を捻る。

 なんについての感想を求められているのだろうか。

「あの人たちのやり方を見て、どう思った?」

 勝呂先生は、そういい直す。

「なんだか、うちと同じようなことをしているんだな、って」

 佐治さんが、真っ先に答える。

「初心者に〈バッタの間〉を使うことは誰でも思いつくでしょうから、不思議でもないんですが」

「それと、レベリングも本人にやらせるんだなあ、って」

 香椎さんも、意見を述べた。

「あの人たち、扶桑さんの会社からするとお客さんなわけで。

 そのお客さん自身を動かしているというのは、少し意外でした」

「累積効果だけが目当てなら、そのお客さんを安全な場所においておいて、扶桑さんのところの人がエネミーを倒していってもいいわけだからな」

 勝呂先生はそういってから、小さく頷く。

「でも、自分でエネミーを倒すことのも早めに慣れておかないと、本番でもうまく動くことができない。

 バッタ型程度ならば初心者でも倒し損ねるってことはまずないし、あれはあれでいい方法だよ」

「でもあの程度の浅い階層だと」

 千景先輩が、口を開く。

「わたしたちの護衛も、ほとんど必要ない気もしますけど」

「冬馬」

 勝呂先生はいきなり名指しで智香子に意見を求めた。

「それについて、どう思う?」


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