第139話 隠れた効果

 結局、扶桑さんのところの新人さんたちが全員でバッタ型を全滅させるまで、二時間近くかかった。

 智香子たちがこれほど長い時間、迷宮内に留まることはほとんどないのだが、その間のほとんどをなにもせず、周囲を警戒してじっと立ち尽くすだけであったので特別に疲れたということもない。

 智香子たちの役割は、おそらくはなんらかのトラブルが発生した時の予備戦力といったところなのだろうな、とか、思う。

 イレギュラーの出没をはじめとして、迷宮内ではなにかと想定外のことが起こりがちであり、そうしたトラブルが起きた時、冷静さを保って適切に動ける経験者は一人でも多く必要となるはずだった。

 特に、こうした未経験者に近い新人さんばかりのパーティでは。

 うちでは、なんだかんだいって大勢の先輩方が着いて来てくれたからなあ。

 と、智香子は松濤女子での事例を思い浮かべる。

 その点で、松濤女子では心配する必要もなかったわけだが、扶桑さんの会社は営利団体だ。

 経験豊富な探索者を何名か確保して同行させることが一番なのだろうが、それをするとおそらく利益は人件費で吹っ飛ぶ。

 経験豊かな探索者とは、すなわち迷宮から自力でかなりの利益を引き出せる人のことになるわけで、そうした人をまともに雇おうとすると、かなりの金額を積まなければ引き受け手がいなくなる。

 その意味で、人件費がほとんどかからない松濤女子の提携は、扶桑さんの会社にとっても都合がいい話であるといえた。

 一度目の〈バッタの間〉攻略が無事に完了し、一度娑婆に出て休憩をしたところで、智香子は予想していなかった扶桑さんの別の思惑を知る。


「ねえあなたたち、松濤女子の生徒さんだって?」

 ゲートを潜ってロビーに出た途端、扶桑さんのところの新人さんたちが智香子たちを取り囲んだ。

「こんなに小さいのに、偉いわねえ」

「迷宮に入り始めて、もう長いの?」

「スキルはなに使える?」

 などなど。

 とにかく、質問攻めにあった。

 どうもこれまでも智香子たちの存在に興味を持ってはいたのだが、表面には出していなかっただけらしい。

〈バッタの間〉で疲労したこもあって、それまであった抑制する気分が吹き飛んでしまった様子だ。

 客観的に見ると智香子たち年端もいかない子どもがいきなり初対面に近いおばさん、お姉さんからわっと囲まれた図であり、いきなり質問攻めにあって智香子は返答に窮した。

「ああ、ちょっと待ってください」

 そんな智香子に変わって、智香子と新人さんたちの間に割って入った黎があくまで慇懃な態度を崩さずにいった。

「質問などがあったら後でまとめてお伺いします。

 今は皆さんもお疲れでしょうから、ちゃんと休憩を取ってください。

 休むべき時に休まないと、思わぬ事故に繋がります」

 黎の態度につけいる隙を見いだせなかったのか、年上の新人さんたちは未練がありそうな様子を見せながらも散っていった。

「お疲れ様」

 その様子を少し離れた場所で見ていた扶桑さんが、智香子たちに近づいてきて労ってくれる。

「見ていたんですから、助けてくれればいいのに」

 智香子は不満そうな様子で、そういった。

「あの人たちも、好きで探索者になろうと思った人ばかりではないから」

 扶桑さんは、不思議な答え方をする。

「自信が欲しいの。

 あなたがたのような小さな子でも探索者になれるのなら、自分にも出来るって」

 一見、智香子の言葉と繋がらないように思えるのだが、少し考えてみるとあの新人さんたちの行動を説明しているのだった。

「いやいや、なんですか?」

 智香子が訊ねる。

「なんの特技も、場合によっては社会経験もほとんどないような女性がまとまったお金を稼げる場所はほとんどありません」

 真剣な表情になった扶桑さんは、そういった。

「家族が介護を必要とするようになったとか、そうしたやむを得ない事情でそれまで働いた経験がない人が、大勢うちを頼ってやってきます。

 そうした人たちをまともに稼げるように仕上げていくのが、うちの会社の仕事です」

 智香子たち中学生でも普通に探索者として活動をしている。

 そんな実例をあの新人さんたちに見せて、勇気づけようとしていたのかも知れなかった。


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