第137話 勝呂先生
そうした新人さんたちがバッタ型を相手にして奮戦している中、智香子たちは周囲を警戒しながら静かに立ち尽くしていた。
迷宮内部にもどうやらエネミーが出やすい場所とそうではない場所があるらしく、この〈バッタの間〉はそのうちの後者になる。
少なくとも智香子たちがこの〈バッタの間〉に挑んでいる期間中、別のエネミーに襲われた経験はほとんどないはずだった。
「ああ、それは」
なんの気なしに智香子がそんな意味のことをいうと、勝呂先生がそのことについて新しい事実を説明してくれる。
「他のエネミーが出て来ても、上級生がその場で瞬殺したんだろう。
この周辺も、別にバッタ以外のエネミーがまったく出てこないってわけでもない」
やけにあっさりとした口調だった。
ああ。
と、智香子も腑に落ちる。
一年生に気づかれる前に近づいてくるエネミーの存在を察知して、その場で始末をする。
先輩方と一年生との実力差を考えると、そういうことも十分に可能なはずであった。
むしろ、そうしないでいる理由がない。
一年生はバッタ型の方に専念して貰いたかったので、先輩方がそういうことをしていたとしても、まったく不思議ではなかった。
そしてそれは、おそらく今年だけ、智香子たちだけということではなく、毎年のように、それこそ何十年という単位で、松濤女子探索部内で繰り返されてきた光景でもあるはずなのだ。
自分がその中の一員として組み込まれているという事実に気づき、智香子は内心で愕然となる。
普段は意識することは少ないのだが、智香子たちも大勢の探索者が紡いできた大きな流れの一部であると、その営々とした連続性の一部を担っていると思い知らされたからだ。
「ほらきた」
勝呂先生はそういいって、なにかのスキルを使用した。
おそらくはショット系のスキルだとは思うのだが、勝呂先生の動きが速すぎて智香子では詳しい部分まで識別できなかった。
とにかく、その勝呂先生が放ったスキル攻撃によってたっぷり数十メートルは先にいたネズミ型の一団が一気に消失する。
殲滅というか、瞬殺というか。
探索者も上級者になれば、浅い階層のエネミーに対して、これくらいの芸当は普通にできるようになる。
改めてそう見せつけられた気分がした。
上級生の先輩方とでさえ、智香子たち一年生とは厳然たる実力差が存在する。
倒したエネミーの数だけで強くなれるという、累積効果の法則は絶対的であり、つまりは探索者としてのキャリアが長ければ長いほど強くなれる原則があった。
その原則に例外はほとんどなく、智香子たちは実力的に見て先輩方にはとうてい適わないはずだった。
そのこと自体は、別に不満ではない。
「長く探索者として活動を続ければ、それだけ強くなる」
というルール自体は、ある意味では公平であるともいえた。
だが。
「勝呂先生」
智香子は訊ねた。
「先生は、どれくらい探索者を続けているんですか?」
「これでも松濤女子の卒業者だからねえ」
勝呂先生は平然と答えた。
「んーと。
中断していた時期もあるからはっきりとした年数はいえないけど、ざっと十年とちょいくらいにはなるのかなあ」
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