第136話 新人探索者と〈バッタの間〉
当然といえば当然のことなのだが、〈バッタの間〉に着くまで、異変はなにも起こらなかった。
智香子たちにしてみても、もう何十回と通った道筋である。
それ以前に、ゲートを抜けてパーティの全員が迷宮内に入ったの確認してすぐに扶桑さんが〈フラグ〉のスキルを使用してほとんど瞬時に〈バッタの間〉の直前にまで移動をしているわけで。
こんなに短時間のうちに移動を完了したら、それこそなにも起きようがない。
つまり、智香子たちに振られた「移動時の護衛」という役割は、明らかに名目上だけのものでしかなかった。
それでも智香子たちは疑問の声一つあげずに勝呂先生や千景先輩といっしょに扶桑さんが率いるパーティの外周に陣取って、パーティから見て外側を警戒し続けた。
このパーティの人たちが〈バッタの間〉を攻撃している間に別の、バッタ型以外のエネミーが攻撃をして来る可能性は十分にあったし、なにより智香子たちにしてもこのテストケースが何事もなく無事なままに終わってほしかったからだ。
この階層で出てくるようなエネミーであれば、一年生である智香子たちでも十分に対処ができる。
智香子たちも、この時点でその程度には探索者として成長をしていた。
一方、扶桑さん率いるパーティの方はというと、なんというか〈バッタの間〉の攻略は遅遅として進んでいないように思える。
三十人ほどのパーティであったがほぼ全員が探索者として活動をしはじめてから日が浅く、ろくなスキルも生やしていない。
攻撃力が弱く、ほとんどパーティ構成員各自の素の身体能力でバッタ型を叩き落としているような状態だった。
自分たちもこんな状態だったのかな。
外部を警戒しながら、横目で〈バッタの間〉の方を確認しながら智香子はそんなことを思った。
歯がゆいというか、なんというか。
生えていないスキルのことは置いておいても、動きに無駄が多すぎる。
これだけの人数がいるというのに、各自で動いていて連携を取ろうとする様子がまるでない。
扶桑さんが率いてきた新人探索者の人たちは、一言でいえば極めて効率が悪い方法で動いていた。
そして多分、智香子たち自身も、ついこの間の春先くらいは、この人たちとどっこいどっこいの醜態を晒していたはずなのだ。
そのことを自覚して、智香子は内心で身もだえした。
経験のない人たちの動きを目の当たりに見ることで、これほど心理的なダメージを受けるとは予想だにしていなかったが。
多分、智香子たちがこの〈バッタの間〉に挑んでいた当時、智香子たち一年生を見守っていた先輩方も同じようなことを感じ、考えていたはずなのだ。
その先輩方は、まずはなにもいわずに智香子たち一年生がやりたいようにやらせ、放置してくれた。
この初心者の時期は、求められない限りは余計な助言をせず、当人たちが試行錯誤をするままにしておく方がいいのだろうな、と、智香子も思う。
迷宮というのはどういう場所であるのか、知識として知っているだけの場合と、自分の体験として知っている場合とでは大きな差ができるわけで。
たとえば、ここに出没するバッタ型などはエネミーの中ではかなり弱い部類になるわけだが、その弱いバッタ型でさえもまとまった数を相手にするとなると、かなりの消耗を強いられる。
そのことを、知識だけで知っている場合と自分の体験として知っている場合とでは、やはりかなり違ってくるのであった。
少なくとも、迷宮とかエネミーに対して甘い予測は持たなくなる。
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