第132話 先生の反応

 ジャージ姿の勝呂先生は、おそらくは大学卒業後すぐにこの学校に勤めはじめたのではないかと思えるほどの若さであった。

 中等部と高等部合わせて六学年分の生徒たちの面倒を見る教員もそれなりの人数になるわけであり、智香子たち、この松濤に入学してからまだ半年にもならない一年生にしても、そうした教員のすべての顔と名前を知っているわけではない。

 特に担当している学年が違う教員に関しては、ほとんど面識がないような状態であった。

 この勝呂先生に関しても、智香子たちにとっては初対面の先生ということになる。

「うちは、外の民間企業との提携についても、割と柔軟に対応する伝統があるんだよね」

 その勝呂先生は、智香子が内心で抱えている煩悶に気づかぬ風でそういった。

「この件についても、決して悪いようにはしないから、ちょっと預からせて貰えないかな。

 教師だけではなく、理事会なんかにも根回しをして事前に了解をとってかないと厄介なことになりそうなんで。

 まあ、前向きに検討をするということで、もうちょっと時間をくれないかな」

 勝呂先生の主張するところは、智香子たちにとっても決して不利な内容ではなかった。

「前向きに検討をする」と明言している以上、決して悪い反応とはいえない。

 それどころか、智香子たちが想定をしていなかった、「理事会」などの了承も得てくれるということで、かなり良好な手応えを感じなければいけない場面ではあった。

 松濤女子が私学である以上、先生以外にも、学校の経営に携わっている人たちに、事前に了解を取っておくというのは、大人の論理としてみれば、実に順当な判断なのだった。

 おそらく、「学校の了解」を必須とした扶桑さんも、松濤女子側のそうした反応まで見越した上で、そうした条件をつけて来たはずでもある。

 それでも智香子は、どこか釈然としないものを感じていた。

 おそらくは、黎がいった通りなのだろう。

 智香子は、この件が完全に自分の手から離れた場所で動きはじめたことに、漠然とした不満を持っていたのだ。

 客観的に考えてみれば、まだ未成年の、中学生一年生の小娘が勝手に動いてどうにかできるような案件ではないことは確かなのだが、智香子はなんとなく、もっと簡単に、せいぜい教員数名に了解を取ればそれでどうにかなると、甘く考えていた部分があった。

 甘く。

 そう。

 冷静に考えてみれば、これは智香子たちだけのことではなく、もっと広い範囲を含めた責任の所在を厳密に定める必要がある案件であり、こうした提案を受ければ学校側がしっかりと協議するのは当然の流れだともいえる。

 松濤女子がこうした外部との協業に積極的な校風の私学だから、まだしもどうにかなりそうな流れになっているわけだが、仮にこの学校が普通の公立校であったらそのもそもこの提案がまともに検討されることもなく、却下をされていることだろう。

 もっとも、普通の、無用なトラブルを避けることを重視するような共学校ならば、そもそも部活で生徒たちを迷宮に入らせるような事態がありえないわけだが。

 ともかく、ここまで来てしまったらもはや智香子たちにできることはなく、この件に関しては学校側の判断を待つだけとなる。

 学校側の人たちは、おそらくは扶桑さんの会社側ともっと綿密な打ち合わせや細かい取り決めを行った上で、この件を進めるはずだった。

 その件が決裂することなく、良好な進行をするとすれば、今度は智香子たちだけではなく、松濤女子探索部員全体が扶桑さんの会社と共同して迷宮に潜るようになるはずでもあり。

 いずれにせよ、少し前まで漠然と智香子が想像をしていた未来図とは、大きくかけ離れた事態になりつつある。


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