第131話 顧問の先生

 扶桑さんの会社を辞した後、智香子たちは近くのファストフード店に入っていた。

「うちの母はわたしが探索者になることを歓迎しているから、特に問題ないと思うけど」

 香椎さんがそういうと、黎と佐治さんも同じようなことをいった。

 智香子自身も、家族からの反対は特には出ないと考えている。

「そちらの方にばかりかまけて、成績がさがらないようにしなさいよ」

 くらいのことはいわれるかも知れないが、すでに部活で迷宮に入っている今になって、強硬に反対をされるとも思えないのだ。

「保護者の方はなんとかなるとしても」

 佐治さんがいった。

「結果が読めないのは、学校の方だな。

 っていうかこの場合、誰に許可を求めればいいんだ?」

「まずは担任の先生に相談してみて」

「いやそれ以前に、部活なんだから、普通は顧問の先生とかいるもんじゃない?」

 智香子がそういうと、香椎さんが指摘をする。

「あ」

 いわれて、指摘をした香椎さん以外の全員が声をあげた。

 いわれてみれば、いるはずなのだ。

 あのような部活で、大人の、教員の責任者を置かないわけがない。

 ただ、智香子たち四人はその顧問が先生のうちの誰かも知らなかった。


「顧問?」

 その日の引率役だった松風先輩が首を傾げた。

「そういや、一年生は知らないのか。

 あの人も、あんまり引率役やらないしな」

 次の部活の日に、智香子たちはまずは先輩に、相談してみることにしたのだ。

「だけど今になって、なんだって顧問のことなんか訊いてくるんだ?」

 松風先輩から続けてそう問われて、智香子たちも事情をここに至るまでの説明しないわけにはいかなかった。

 どのみち、顧問の先生に相談すれば、智香子たちがやろうとしていることはあっという間に学校獣に知れ渡るはずでもある。

 この場で事情を伏せることに、あまり意味はなかった。

「はあ、なるほどねえ。

 部活以外で迷宮に、か」

 一通りの事情を聞いた後、松風先輩は感心をしたような口調でそういった。

「それはいい考えかも知れないな。

 うちも慢性的に引率役が不足をしているし、その扶桑さんって人の会社とうまいこと提携できれば、あんたたちだけではなく松濤女子全体にもメリットになる。

 いやむしろ、今までそういうアイデアを誰も出さなかったのが不思議なくらいだ」

「え?」

 松風先輩が想定外の反応を示したので、智香子は軽く驚きの声をあげた。

「いやあの、先輩。

 これはですね。

 あくまで、わたしたちだけの……」

「こんなおいしいはなし、自分たちだけで独占しようなんてケチなことはいうなよ」

 松風先輩は、智香子たちの困惑をよそに平然とした態度でスマホを取り出す。

「あ、勝呂先生?

 今、うちの一年生たちが面白いはなしを持ってきて、是非前向きに検討して欲しいんですけど。

 いやいや、本当、うちにも全体に利益がある内容だから……」


 その日のうちに、松風先輩のセッティングで智香子たちは顧問の勝呂先生と面会をすることになった。

 勝呂先生の方も今すぐには都合がつかない、ということで、智香子たちが一度迷宮に入ってから校内の生徒指導室で合流をすることになっている。

「なんでこういう流れになるかな」

 と、智香子などは想定外のなりゆきにひたすら困惑を感じていた。

「まあ、なるようになるでしょ」

 智香子とは違い、平然とした態度を崩さなかったのは佐治さんである。

「松風先輩がいっていた通り、学校ぐるみでの提携ということなれば、扶桑さんのところとうち、両方にメリットがある結果になるわけだし。

 むしろわたしらだけを特例にする理由がないし」

 こうした佐治さんの「動じなさ」は、迷宮内では頼もしく感じることが多いのだが、今回の場合は智香子の不安を増幅させるだけだった。

「でも、扶桑さんの方だって、面倒を見るのがわたしたちだけだからオーケーしてくれたのかも知れないし」

「以前に会った時の様子では、むしろ人手は多ければ多いほどいいような印象だったけど」

 香椎さんが、そう指摘をする。

「いや、多分、チカちゃんは」

 黎が、智香子が動揺している理由について、そう推測をした。

「結果を怖がっているっていうより、これまで自分で判断して動いていた事態が、ここに来ていきなり自分の手を離れて大人たちの談合によって結果が出ることになった。

 そのことを今まで予想をせず、いきなりそうなったことに対して不満と憤りを感じているんだと思うよ」

 そういわれてはじめて、智香子は不意にそれが図星を突いていることに思い当たる。

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