第130話 社会的な信用
「それと」
扶桑さんはさらに説明を続ける。
「弊社でお仕事をして頂くのに当たって、業務内容その他について理解した上で同意書を書いて提出して頂きたいと思っています。
安全には十分に留意するつもりですが、万が一の事故が起こる可能性は否定できませんし、それに、なんといってもあなた方は未成年、それも通常であれば就労さえできない十八歳未満なわけですから、業務内容を厳密に定めた上でそれ以上の仕事をしないようにこちらも気をつけるつもりです。
その意図を保護者の方々や、それに学校の方にも事前に通達をして受諾して頂く必要があると思います」
意外にまともなんだな、と、智香子は感心をする。
いや、扶桑さんの立場、すなわち智香子たち中学生に仕事をさせるのに当たって、智香子たちの保護者と学校側の許諾をあらかじめ得ておこう、というのは、ごくごく普通の発想であるのに違いない。
もしそうした許可を事前に受けずに勝手に智香子たちに仕事をさせたら、後で必ず問題になるのに違いないのだ。
安全上の問題もあったし、それ以外に労働基準法という物もある。
「あの」
佐治さんが片手をあげて質問する。
「その同意書をこちらに提出できなかった場合は……」
「同意書を提出できない方は、残念ながら縁がなかったということですね」
扶桑さんはそういった。
「こちらとしても人手は、それこそ喉から手が出るほど欲しいわけです。
ですが、若年者に無理強いをしてただ働きをさせるような反社会的な企業だと見られたくはないので、その辺の確認については厳密に行うつもりです」
「うちの両親は問題ないと思うけど」
黎が小声で独り言をいった。
「ただ、学校がどうかなあ。
部活以外で公然と迷宮に入ることを、どう見るのか」
四人の中で迷宮周辺の事情に一番明るい黎が、そういうのである。
と、いうことは。
智香子は思う。
つまりは、この件についての学校側の対応はまるで予想がつかない、ということになる。
「当たって砕けろっていうか、なるようにしかならないんじゃない?」
香椎さんが、そういった。
「許可を取るように働きかけてみて、その結果を受け入れるしかないよ。
わたしたち生徒の立場では」
これもまた、頷ける内容だった。
「試してみるまで、結果がどう転ぶのか予想がつかない、か」
智香子も、小声で呟く。
「こちらがその同意書になります」
扶桑さんは智香子たち四人それぞれに書類を手渡す。
「こちらは持ち帰って内容を十分に検討し、同意できる場合には、また提出しに来てください」
後で問題になるような事はしない。
扶桑さんが示した方針は、常識的に考えても極めて納得がいく内容といえた。
それに、扶桑さんは、自分の立場を守ることだけを考えているのではなく、智香子たちの希望もできるだけ実現しようと考えている。
ただそのために、短絡的な手段を選んで後になって揉めるようなことがないよう、細心の注意を払っているだけだった。
扶桑さんから手渡された書面に目を通しながら、智香子はそんな風に考える。
書面の内容は、甲とか乙とかよくわからない用語が乱舞していて意味が取りにくかったが、よく読むとさっきまで扶桑さんが説明した内容を難しく書いているだけだということが理解できる。
「親とか学校側を説得するのは、わたしたちの仕事だということですね」
智香子は書類から顔をあげて、そう確認をした。
「弊社としましては、書面化された同意書が提出できない人とは仕事をすることができません」
扶桑さんは、さっきもいった内容を繰り返した。
「それが、社会的な信用を保つということですから」
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