第129話 業務内容の説明
扶桑さんの会社は、狭いといえば狭かった。
事務机も十人分くらいしか置いていない。
他の会社や事務所の内部に入った経験がない智香子には、この広さが企業の規模としてどれほどに該当するのかは判断できなかったが、少なくとも学校の教室よりはかなり狭かった。
意外にこぢんまりとしているんだな、というのが智香子の正直な感想になる。
もっとも、扶桑さんの会社、その業務内容を考えると、そんなに需要があるとも思えない。
この程度で、適切な規模なのかな、とも思う。
「うちの業務内容はすでに知っていると思いますが」
少しして、人数分の紅茶をトレーに乗せて持ってきた扶桑さんは、智香子たち四人に向かってそういった。
「経験の少ない探索者のレベリングとか、それに探索者としての初歩的な知識を教えることになります。
知人に探索者がいる人ならば自然と学べるような内容ですが、そうした伝手を持たずに探索者としてスタートする人を支援することを仕事にしています」
淀みのない口調だった。
おそらくは、同じような説明をなんどもする機会があったのだろうな、と、智香子は想像をする。
「それで、あなた方にやって貰いたいのは、そうしたお客さんたちの監視と安全の確保、になりますね。
特に興味本位で探索者をはじめようとする人たちは、緊張感が欠如していることがままあります。
迷宮内でのレベリングを行っている最中に、ふらりとパーティから離れてどこかにいったりする。
そういう人が出ないように見守り、迷宮内での事故を未然に防ぐことをやって貰おうと考えています」
「ちょっといいですか?」
黎が片手をあげて質問をした。
「その、そういうお客さんたちの面倒を見る人っていうのは、配置していないのでしょうか?」
「残念なことに」
扶桑さんは本当に、心から残念そうな表情をして、答えた。
「採算性のことを考慮すると、毎回まとまった人数を護衛としてつけるわけにはいかないのです。
それなりに腕の立つ、迷宮内で他人の挙動にまで注意を避けるほど探索者であれば、そもそもこんな仕事をするまでもなく自分で迷宮に入って自力で稼いでいるわけで」
あ、そうか。
と、智香子はすぐに納得をした。
いわれてみれば、まともに稼げる探索者ならば、こんな、新人教育などという、あまり待遇がよくない仕事にわざわざ手を染める理由もない。
初心者ではなく、相応に熟練で、迷宮での稼ぎ方をおぼえた探索者は、日常的にかなりの報酬を得ているものなのだ。
また、そうした収益性が高い仕事だと認められていなければ、危険がある迷宮へ自分から入っていこうとする人も出てこない。
この、「新人教育」という仕事を探索者の業務として見たら、うん、実際に自分から手を染める人は、ほとんどいないだろうなあ。
と、智香子は瞬時にそこまで想像を巡らせた。
「そんなわけで、少数の探索者で多数のお客さんの面倒を見ているのが、わが社の実態です」
扶桑さんは、そう続ける。
「詳しい人数でいいますと、三十人前後のお客さんを多いときで四名くらいで引率をする形になります。
この現状でも通常業務をこなせないことはないのですが、今も実際に大きな事故も起こさずにこれまでやってきているのですが、それでももっと人数がいれば、もっと安全で、行き届いた指導ができるようになります」
「そこで、わたしたちに、ということですか」
佐治さんは、頷きながらそういった。
「わたしたちだと、報酬のことを考えずに済みますからね」
香椎さんも、そうつけ加えた。
内容と比較して、あまり皮肉に聞こえないのは、香椎さんが柔らかい印象を持つかなりの美少女であるからかな、と、智香子は思う。
同じ内容を黎が、いつものぶっきらぼうな態度で口にしたら、かなり刺々しい雰囲気になっただろう。
「まあ、そういうことですね」
扶桑さんは、薄い笑顔を浮かべて香椎さんの言葉に頷く。
「こちらとしては、こちらの仕事を手伝って貰うかわりとして、あなた方に迷宮内で自由に動ける時間を差しあげます」
金銭的な報酬は用意できないが、その代わりに、というわけであった。
自分たちだけで迷宮に入ることができない智香子たちにしてみれば、これはこれでかなりの価値がある報酬であるともいえる。
「あの、もうひとつ、質問いいですか?」
黎が、また片手をあげて、訊ねた。
「そのお客さんの中に、不穏な人が混ざっていることがあると、そう聞いたのですが」
「そうですね。
それは、否定しません」
扶桑さんは、真面目な表情のまま頷いた。
「あなた方が知っているかどうかはわかりませんが、迷宮という場所は、反社会的な性向を持つ人や、一般的な社会世界に馴染まない人たちを受け止めるためのセーフティネットとして機能している側面もあります。
わかりやすいいい方をすると、落ちこぼれや外れ者が最後に行き着く場所、というわけですね。
わが社もそうした人たちを積極的に支援をして、探索者としてやっていけるように仕立てる事業を一貫して行っています。
ただ、そういう特殊な人たちの面倒を見ることは、わが社の業務の中ではそれほど大きな比重を占めてはいません。
人数比で考えると、育成事業の、せいぜい一割を割る程度にしかならないはずです。
大半のお客さんは、別に仕事を持ったり普段は主婦をしているような、ごく普通の女性たちです。
そうした女性たちが探索者になる道筋というのは、今でもかなり限られていますから。
そして、あなたたちのような年少者に、そうした特殊な人たちの面倒を見て貰おうとは考えていません。
どう考えても、そうした方が面倒が起こる確率が大きくなるからです」
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