第128話 会社訪問

 扶桑さんの会社は松濤女子からいくらも歩かない場所にあるビルの中にあった。

 正確にいうと、そのビルの中にあるのは扶桑さんの会社の事務所にあたり、そこの他に迷宮が入っているビルの中に社員さん用更衣室や控え室、倉庫などを兼ねた場所も借りているらしい。

 かなり古ぼけたそのビルは扶桑さんの会社にも多数の会社が間借りをしているらしい、いわゆる雑居ビルであり、智香子たち四人はまずエントランスのところにある郵便受けを見て、扶桑さんの会社名を探してみた。

「扶桑トレーニングサービス」

 黎が、いった。

「八階にあるね。

 多分、これだと思うけど」

「とりあえず、いってみよう」

 佐治さんがいった。

「いつまでもここでぼうっとしているわけにもいかないし」

「しかし、トレーニングサービスって」

 香椎さんはそんなことをぶつくさいっている。

「なんというか、安直というか、それで文法的に正しいのかどうか怪しいネーミング」

「でもまあ、わかりやすいことはわかりやすいし」

 智香子は、そういいながらエレベーターの方へと向かう。

「お客さんがいてこその仕事なわけだから、わかりやすさは重要だと思うよ」

 そういってから智香子は口には出さず、心の中で、

「多分」

 とつけ加える。


 四人でエレベーターに乗って八階まであがり、エレベーターを出て部屋番号を確認しながら共用部分の通路を進んで行く。

「あった」

 先頭を歩いていた智香子が、真っ先に表札に気がついた。

「扶桑トレーニングサービスって書いてある。

 ここだね」

 それから智香子は背後を振り返って、

「いくよ」

 と、仲間たちの意思を確認した。

 智香子以外の三人が、神妙な表情をして頷く。

 智香子も神妙な表情をして、インターホンの釦を押した。

「はーい」

 インターフォンから、意外に若い声が聞こえる。

「こちらで面会の約束をした冬馬という者ですが」

「ああ、はいはい。

 冬馬さんね。

 そのまま入ってきてください」

 返事が来る間にも、扉の解錠する音が聞こえてくる。

 セキュリティ、しっかりしているんだな、と、智香子は思った。

「失礼します」

 挨拶をしながら、智香子は扉を開いて室内へと入っていく。

 他の三人も、それに続く。

 中は、なんというか普通の事務所、だった。

 無論、社会経験がない智香子はこうした会社の事務所という者をその目で見たことはないわけだが、テレビドラマなどで見る内装と什器が置いてあって、机の上は適度にごちゃついていて、基本的には清潔だけど生活感がある。

 そんな空間が広がっている。

「ようこそ、うちの会社に」

 そこに立っていた女性が、智香子たちに声をかけてくる。

「冬馬智香子さんと、そのお友達、ということでいいんですよね?」

「そうです」

 智香子は即座に頷く。

「扶桑さん、ですか?」

「そう、その扶桑。

 この会社の、一応経営者ってことになっている」

 その女性は一度頷いてから、智香子たちを奥へと招いた。

「まずはこっちに来て、座って。

 見ての通り、今の時間は出払っていてわたししかいないけど」

 その扶桑さんに手招きをされて、智香子たちは事務所の奥まった場所にある応接セットまで案内をされた。

 その場所はパーテーションで区切られていて、事務所の他の部分からは見通せないようになっている。

「ちょっと待ってね。

 今、お茶を持ってくるから」

 智香子たちを案内した扶桑さんは、そのまますぐに踵を返して姿を消した。

 社長、というには、少し若いかな。

 と、その扶桑さんについて、智香子はそんなことを思う。

 少なくとも、智香子の母親よりは確実に若い。

 まだ四十にはならないのではないか。

 なんとなく、もっと年を取った人が出てくると想像していたので、智香子はどこか拍子抜けをしたような気持ちになった。

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