第124話 想定外の取引

「いやいやいや」

 アリスさんが自分の顔の前で平手を軽く振りながら、そういった。

「いくらなんでも当てずっぽうに、通りすがりのパーティに入れて貰うっていうのはヤバいよ。

 なんといっても迷宮内ってのは法律が届かない場所なんだからさ。

 一応、ヘルメットに監視カメラはついているけど、あれを誤魔化す手段なんていくらでもあるわけだし。

 秋田くんみたいな野郎を襲ってもあんまりメリットないけど、小さくて可愛い女の子の場合はもっと用心をしなけりゃ」

「双葉さんのいう通りかと」

 ため息混じりに頷きながら、葵御前が自分のスマホを取り出した。

「学外の人たちとパーティを組みたいということなら、心当たりに連絡してみますね」

「姉様」

 黎が葵御前に訊ねる。

「心当たりって?」

「そちらのホームグラウンド、〈松濤迷宮〉の近くで人材育成の会社を経営している方がいます」

 葵御前はスマホを操作しながら答える。

「扶桑さんというのですが。

 あなた方はまだ中学生ですからバイトという形は取れませんが、それでも雑用などをすることと引き換えにして迷宮内に同行してくれるように、頼んでみましょう」

「ああ」

 早川さんも、葵御前の言葉に頷く。

「それがいいかも。

 あちらも、迷宮内で自由に動ける人手は欲しいだろうし」

「人材育成の会社って?」

 佐治さんが訊ねる。

「それって、探索者の、ってことですか?」

「そう。

 葵御前がスマホから顔もあげずに説明する。

「そういう仕事をしているところもあるの」

「いやでも」

 智香子が慌てて訊ねる。

「邪魔になりませんかね?

 そういうお仕事をしているところに、わたしたちがいきなり入っていったら」

「邪魔ではなく、お手伝いをしにいくの」

 早川さんが、智香子に説明をしてくれる。

「あなたたちは扶桑さんの仕事を手伝い、その代わり、学校の部活以外で迷宮に入る機会を貰う。

 ちゃんとした取引だと思うな。

 あ、一応断っておくけど、扶桑さんのとこの仕事も結構厳しいから。

 扶桑さんの会社は主に女性を探索者に仕立てあげることを仕事にしているんだけど、その利用者ってのが大半、なんていうか、どうも探索者がどういうもんかってのをイマイチ理解していない人たちみたいなんだよね」

「ええと」

 智香子は、その言葉の意味を想像してみた。

「つまり、興味本位で首を突っ込んできた素人の集まりを、お世話しなければならないってわけですか?」

「だいたい正解」

 早川さんは真面目な表情で頷いた。

「しかも相手はお客様だから、場合によっては無茶なクレームにも対応をする必要が出て来たり」

「それ、迷宮の中でですか!」

 智香子は、自分でも気づかないうちに大きな声をあげていた。

「下手すると生死に関わりますよ、それ!」

「そういうお仕事なんだから仕方がない」

 早川さんはそういって、両手を小さく掲げて見せた。

「物好きだとは思うけど、扶桑さんって人は女性とか立場の弱い人を探索者に育てるって仕事をしていてね。

 大半は暇を持て余した専業主婦とかなんだけど、たまに、薬物中毒とか前科持ちの人たちに更生し、生計を立てる方法を与える、なんてこともしている。

 無論、仕事としてだから、それなりの指導料は取っているんだけど、こういうお客さんたちの面倒を迷宮内で見るっていうのは、なかなか難しい。

 それで扶桑さん、なかなか正規の従業員が居着いてくれないとか、いつもぼやいている」

「……そんな大変な仕事が」

 自分たちに務まるだろうか?

 いや、無理だと思う。

 智香子がそう続けるよりも早く、葵御前がスマホから顔をあげてそういった。

「扶桑さん、中学生だろうがなんだろうが、手伝ってくれるんならいつでも歓迎するって」

 なんだそれは。

 と、思わぬ展開に、智香子は軽い目眩がしてきた。

 二つ返事で即答って、つまりはそれだけ人手が足りていないと白状しているようなものではないか。

 話しの流れとはいえ、想定外にハードな展開になりそうな予感がした。


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