第123話 抜け道
「草原さん」とは、〈テイマー〉の名前だったか。
一陣さんたちは「水利ちゃん」と呼んでいた。
とにかく、その〈テイム〉のスキルを取得するのに、草原さんが持っていた嫌悪感がいい方向に働いたらしい。
智香子は詳しい事情を知らなかったが、なんとなく想像はできた。
おそらくは。
と、智香子は思う。
その草原さんが、エネミーに対してなんらかの行動を起こして、それがきっかけになって〈テイム〉のスキルを手に入れたのだろう。
でも、と、智香子は、同時に疑問にも思った。
そもそも、エネミーとなんらかの関係を結ぶ、ということが実現できるものなのだろうか。
エネミーとはその名の通り、人間に対して例外なく、敵対的な行動しか取らない。
敵対的な行動、というより、もっと直截的に、こちらを殺害するつもりで攻撃をしてくる。
そんな存在なのだ。
智香子には具体的な方法がまるで想像できなかったが、とにかくその草原さんは他の探索者には真似できない働きかけをエネミーに行った結果、かなりレアなスキルを手にすることができた。
そういうことらしい。
智香子はその草原さんと同じ行動をして、〈テイム〉のスキルを得ようとは思わない。
スキルとはレアなものほど取得条件に不明な点が多く、智香子がその草原さんと同じ行動をしたと仮定しても、草原さんと同じ〈テイム〉のスキルを得られるかどうか確証がないからだった。
それよりも、この事例から考えるに。
と、智香子は思う。
他の探索者と同じような行動をしていただけでは、ありふれたスキルしか得られない、というころなのではないか。
すべてのスキルが、というつもりはないのだが、多くのスキルは、探索者が迷宮内で行った行動を反映した、生えてくる傾向がある。
そのことは、探索者として活動した経験がある者ならば、誰もが首肯するはずだった。
逆にいえば、レアやユニークなど、珍しいスキルは他人がやらないような行動をしないとなかなか得ることができない、ということになる。
そして。
と、智香子は、さらに推論を進める。
松濤女子の部活動は集団行動が原則であり、智香子のような新入生が迷宮内で勝手な行動を取ることは許されない。
というより、松濤女子という組織の中では、
「エネミーを発見し、殲滅。
ドロップ・アイテムを回収する」
というサイクル以外の行動を、する余地がなかった。
いや、部員の安全を第一に考えれば、そうするのが正解であることは理解はできるのだが。
でも。
と、智香子は考える。
さっき聞いたソロの人の事例なども合わせて考えると、そうした固定化した行動をしているだけでは、スキルの生え方やその他にことに関して、それだけ幅が狭くなるのではないか。
「どうしたの、いきいなり黙り込んで」
隣にいた黎が、考えに耽っていた智香子の様子を見て、小声で確認をしてくる。
「いやちょっと」
智香子は、反射的にそう口にしている。
「松濤女子のやり方って、割と限界があるんじゃないかと思いはじめて」
「そのこと、少し詳しく説明して貰える?」
智香子の言葉に反応したのは、黎ではなく葵御前だった。
「あ」
智香子は、自分が失言をしたのではないかと、そんな風に感じる。
この葵御前は、松濤女子の卒業生である。
その人の前で、松濤女子のやり方に批判的なことをいえば、問いただされて当然だった。
そう思ったので智香子は、できるだけ順序立てて、その時に考えていた内容を説明した。
その場にいたのは葵御前だけではなかったから、当然、その説明は他の人たちも聞くことになる。
反応は薄かったが、聞いていた人たちは智香子のいうことをそれなりに真剣に受け止めてくれたという感触はあった。
「松濤女子の方法が攻撃面に偏重しているということは、以前からいわれていたことですが」
一通り、智香子の説明を聞いた後、葵御前は静かな口調でそういった。
「そうですね。
あなたがうとおり、パターン化された行動からは、パターン化された探索者しか育たない。
そういう面は、確かにあるでしょう」
「安全面のことを考えるとソロで迷宮に入るのがいいとは思えないけど。
うん。
でも確かに、そういいたくなる気持ちもわかるかな」
早川さんは、そういって頷いた。
「別に松濤女子のやり方を知っているわけではないけど、ようは、それ以外の試行錯誤をいろいろとしてみたいってことなんでしょ?」
「とはいえ、うちらではあんまり協力できることはないね」
そうコメントしたのは、一陣さんだった。
「引率役っていうの?
十八歳以上のメンツとしてそっちとパーティを組んでもいいところなんだけど。
でも、君たちとうちらとでは自由になる時間帯が違ってくるでしょう」
確かに。
その言葉に、智香子は心の中で頷いていた。
実際のところはどうなのかわからないが、智香子のイメージでは大学生は智香子たちよりも時間の自由が利くような印象がある。
「だからさ。
その、パーティを組む人を固定化するって発想からして、すでに縛られているんじゃね?」
秋田さんは、そんなことを出した。
「引率役がいるんなら、大人のパーティに声をかけて同行させて貰えばいいんだよ。
〈松濤迷宮〉では、女性だけのパーティも珍しくはないんだろう?」
「あ」
智香子は、小さく叫んだ。
その可能性を、これまで思いつかなかったからだ。
智香子に取って、「迷宮に入る」ということは「部活動」にほぼ等しく、それ以外の局面を真面目に想像したことがなかった。
その部活動以外の場で、迷宮に入る機会を積極的に増やしていく。
秋田さんがいった方法ならば、それは十分に可能なのだった。
ただそれは、大人の、おそらくはそれなりに場数を踏んだ探索者のパーティに入れて貰った上でついていく、ということを意味するわけだが。
「ほいほい同行させてくれるかなあ」
アリスさんがいった。
「しかも、こんな小さな子たちを」
「分け前はいりません。
経験値を得たいんですっていえば、大丈夫じゃね?」
秋田さんは、そういった。
「おれなんかもそうして声をかけて、初対面の人たちのパーティに入れて貰っていた口だし。
足手纏いにさえならなければ、よほどのへそ曲がりでなければ断られないと思うけど」
「ましてや、こんなにちんまい子たちだもんね」
一陣さんが、そうつけ加える。
「警戒されることは、まずないだろうし」
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