第119話 智香子の疑問

 都内近郊の各迷宮には、たいていの場合、探索者向けの各種アメニティ施設が併設されている。

 探索者は経済的に余裕がある人が多かったし、そうした探索者が落とすお金を目当てにして、ある種の業界は競うようにしてサービスを充実させていく。

 その結果だ、という。

 複数の迷宮をまたいで包括的な探索者向けサービスをチェーン展開をしているような業者も多く、時にはそんな業者同士が提携関係を結んでいたりする。

 なにがいいたいのかというと、松濤女子が一喝で契約を結んでいるコンシェルジュサービスは、この〈白金台迷宮〉内でもほぼ同質のサービスを受けることができた。

 探索者登録カードを入り口にある末端にピッとまざせば問題なくスパに入ることができたし、そこで汗を流すことも、希望すればマッサージなどのもっと上質なサービスを受けることも可能だった。

 普段、〈松濤迷宮〉では汗を流すにしても、智香子たちは一度校舎内にまで戻ることが多かったが、これはこうした迷宮内の民間施設が混雑をしていることが多かったからだった。

 聞くところによると、〈松濤迷宮〉は、三十三カ所ある迷宮の中でも一番女性探索者の利用数が多いらしい。

 おそらくは、迷宮出現以来、松濤女子とセットになって認識されている迷宮だからだろうな、と、智香子は想像をする。

 最近、というかこここ数年はかなり増えているようだったが、荒っぽい仕事である探索者は、基本的に男性の数の方が多い。

 と、そう聞いている。

 智香子の世代では、昔のことはどうしても伝聞になるわけだが。

 松濤女子が継続的に女性の探索者を輩出していなかったら、探索者の男女比是正はもっと遅れていただろう、という意味のことも、何度か耳にしていた。

 ここ〈白銀台迷宮〉はというと、〈松濤迷宮〉ほどではないにせよ、女性探索者の姿を多く見掛けた。

 葵御前ら、ふかけんの人たちによると目黒区や港区在住の、富裕層の女性たちの間でアンチエイリアシングの一環として迷宮に入ることが人気になっているのだとか。

 確かに、迷宮ではかなり楽に体を動かせるけど。

 と、智香子はその意見に違和感をおぼえる。

「なんにせよ、日常的によく運動をする習慣を持てば老化はそれだけ遅れるはずですよね」

 と、葵御前はコメントした。

 実際的な効果は、そんなところにとどまるのでしょうね。

 と、智香子も思う。

 なんにせよ、迷宮のような危険性のある場所に、生活のためではなく娯楽とか美容のために潜る人の気持ちが、智香子には理解できない。

 いやそれをいったら、智香子自身だってあくまで部活の一環として迷宮に入っているわけだが。

 部活など、端から見たらそれこそ遊びと変わらないのか。

 などと、智香子は思い直す。

 迷宮に入る理由は探索者それぞれに違っていていいし、他人がその動機についてどうこういうのも好ましくはない。

 そう、すぐに結論をした。


〈白銀台迷宮〉全体はともかく、ここスパの浴場は女性しかいなかった。

 当然だが。

 確かに年配の人が多いかな、と、周囲をざっと見渡して、智香子はそんなことを思う。

 というか、十代とか二十代の人は、智香子たちのグループしかいないようだ。

 智香子は以前、家族旅行で温泉に入った時のことを思い出す。

 あの時の女湯も、ちょうどこんな感じだったかな。

 この国は全体的に高齢化が進んでいる最中なので、自然とこういう光景になるのかも知れない。

 今回、智香子たちはゆっくりと寛ぐことが目的ではなく、手早く汗を流すことが目的であったので、湯船にも浸からずそうなも無視してそのままシャワーだけを浴びてスパを出る。

 それでも、なんだかんだで三十分以上の時間はかかっていたと思うが。

 そうして手早く汗を流してスパから出ると、出口のところに秋田さんが待っていた。

「とりあえず、今日のドロップしたアイテムの分だけ換金しておいた」

 智香子たちの姿を認めると片手をあげて合図し、その後、智香子たち松濤女子一年生組四人の一人一人の手にお金を握らせる。

「これは、人数分で頭割りした金額な。

 これ以外に、ウサギの毛皮とか肉とかの代金はまた後で精算ってことで」

 え?

 と思って、智香子は慌てて周囲を見渡す。

 どうやらここで現金を貰うことに疑問を感じているのは、智香子一人のようだった。

「でもうちら、まだ中学生だよ」

 智香子は、近くにいた黎にそっと耳打ちをする。

「中学生でも、探索者だよ」

 黎は静かな口調で智香子に説明をした。

「部活で迷宮に入ったのならばともかく、部活以外で探索者として活動したんなら、自分の取り分はちゃんと取らないと」

「でも、労働基準法とかは……」

「あの法律は、雇用関係を規定するものだから」

 智香子たちのやり取りを見ていた香椎さんが、そう口を出してきた。

「主に未成年が搾取をされることを防止することが目的で。

 でも、探索者の資格が取れるのは十二歳から。

 誰にも雇われず、搾取されず、自分の意思で迷宮に入ってお金を稼ぐことを禁じる法律はないの」

 いわれてみれば、その通りだった。

 でも、それでは。

 智香子は疑問に思う。

 なんで、探索者の資格を取れるのが、十二歳からなのだろう?


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