第117話 ウサギ狩り(二)

 葵御前の動きは「流麗」の一言に尽きた。

 ふかけんの人たちの中でも最古参であるということにも納得がいく反応のよさと動きの素早さ、なにより、薙刀を振る挙動に一切の迷いや無駄がない。

 最小の動きで周囲のエネミーを斬り伏せるその動きに、智香子は、

「武道の達人とは、こういう人のことをいうのか」

 などと素人ながらに感心してしまう。

 単純に素早い動き、力強い挙動などはこれまでに先輩方の背中を負っていた智香子は見飽きるほどに見ているのだが、それら累積機能により強化されただけの動きとはまったく別種の洗練が、葵御前の挙動に見ることができた。

 そちらの方面に素養がない智香子の目から見ても、歴然と差があった。

 先輩たちがこの人を別格扱いするわけだよな、と、智香子も納得をする。

 その場その場で反応する場当たり的な動きと、体系的に整理された挙動では、こうも別な物に見えるものか。

 この葵御前の動きについて、智香子はただひたすら感嘆するだけだった。

 感心するのと同時に、

「現代の日本では、この技術を完全に解放して使える場所は、ここしかないだろうな」

 とも、思ったが。

 迷宮は、エネミーを相手にした暴力が無制限に許容されている場所でもある。

 実践的な武術を使用可能な場所は、この日本には迷宮以外にほとんどないだろう。

 この葵御前以外にも、この日本では使いようがない武術を使うために迷宮に入る人は、それなりに存在するのだろうな、とも、智香子は想像をする。

 そうした武術関係者が具体的にどれだけの人数になるのか、智香子は判断をする材料を持たなかったが。


 ふかけんの人たち以外、つまり智香子たち一年生組もそれなりに奮戦していた。

 今回のパーティはいつものパーティとは人数的にかなり違うので、一人当たりの負担は大きくなる。

 負担、といってもいくら智香子たちでもウサギ型に苦戦することはなく、結局はどうやって効率的に、短時間でエネミーを処理していくのかというスピード勝負になっていく。

 そのおかげで智香子たちはいつもよりも忙しく体を動かす羽目になった。

 ただその激しい運動も、過酷には感じたものの苦行的なつらさはほとんど感じず、むしろそれよりも周囲を見渡して仲間におくれを取らないようにという競争心の方が優先されていたようだ。

 ゲームのスコアやタイムアタックを競うような感覚で、しばらく智香子たちはエネミーを倒し続けた。

 一時間半ほどそういてエネミー狩りを続けたところで、早川さんが、

「ぼちぼち外に出て休憩しよう」

 と提案をし、全員がその意見に頷く。

 松濤女子でも長時間に渡って迷宮に入り続けることはほとんどなかったが、その法則はここでも同じであるらしい。

 気力、体力、なにより集中力の問題だろうな。

 と、智香子はそんな風に思う。

 人間の体は、何時間もぶっ続けで周囲を警戒しながら戦い続けるようにはできていないのだ。

 ちょいとした不注意が大きな災禍を招きかねない迷宮内のような場所では、やはり安全を第一に考えて一回あたりの時間は短めに調整をするのが標準的な考え方であるようだった。

 なにより、迷宮内での仕事は長時間やれば効率がよくなるという性質の物ではない。

 特に職業的な探索者はドロップした物品の価値によって利益率が変わってくるわけで、なんのアイテムをドロップするのかは事前に知ることができない。

 何日も連続でただ働き同然の安いアイテムしか回収できないこともあるだろうし、その逆に一回迷宮に入っただけで高価なアイテムを得ることもある。

 探索者が普通の職業というよりはいささか胡散臭い山師的なイメージで見られるのは、こうした博打的な要素に由来していた。

 とにかく、

「長時間仕事をすれば、その時間に比例した成果が必ず出る」

 というわけではない以上、いかにミスをしないように迷宮に入り続けるか、迷宮内での事故を未然に防ぐのかを重視して動くようになる。

 短時間で切り上げて一度迷宮から出て、しっかりと休憩を取る。

 という方法論は、その意味で理に適っていた。


「今日はあの大きな人は来てないんですか?」

 迷宮を出たところで、佐治さんがふかけんの人たちに訊ねた。

「あと、あの白い服の〈ニジャ〉とか」

「野間と白泉のことかな?」

 秋田さんが、答えてくれる。

「やつらは多分、ソロだな。

 野間の野郎は、そっち、松濤女子に招かれてそっちでパーティ組んでいるのかも知れないが」

「ソロ?」

 黎が、首を傾げる。

「一人で迷宮に、ってことですか?

 でもそれって、なにかあったら危ないし、フォローも効かない方法じゃあ……」

「ああ、そうだな」

 秋田さんが即答する。

「万が一のことを考えると、とてもじゃないが気軽に推奨できない。

 そんな、危なっかしい方法だ。

 でもそんなリスキーな方法が、今、一部では流行っているらしい」

「流行って」

 黎はしばらく絶句してから、そういった。

「相手は迷宮ですよ!

 なんで好き好んでそんな、危ない選択を!」

「そのリスキーな方法で成功しかけている探索者がいるんだよ」

 秋田さんは、渋い表情になってそういった。

「〈スライム・キラー〉っていってな。

 ネットを検索すればやつのログが出てくる」


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