第115話 スキルの定義

 ウサギ型の群れをひとつ全滅させた後、〈フクロ〉持ちが中心となってエネミーのしたいとドロップしたアイテムの回収作業に入る。

 浅い階層であったため、ドロップするアイテムの質と量はたいした物ではなく、実際、数枚の硬貨がようやく得られただけだったが、ふかけんの人たちはそんなに不満そうな様子を見せなかった。

 そもそも彼らは今回、このウサギ型の死体を回収することを目的に、迷宮に入っているという。

「エネミーの死体なんてどうするんですか?」

 そう聞いた時、智香子は反射的に訊ねていた。

 松濤女子の場合、よほどの事情がなければエネミーの死体など持ち帰ることはない。

 いや、松濤女子だけに限らず、ほとんどの探索者はドロップ・アイテムのみを目的にして迷宮に入る。

「メインの目的は、毛皮」

 モデルガンを持っていた女性が答えた。

「それ以外に、肉も利用するそうだけど。

 食べたり、肥料にしたり」

「毛皮?」

 智香子は、さらに訊ねる。

「聞いたことないかな、ラビットフットのお守りとか」

 その女性は即答する。

「仕事で〈エンチャンター〉している人が広めようとしているところなんだけど」

「ああ」

 智香子は、少し大きな声を出した。

「岩浪さんの!」

 以前に貰ったお守りは、智香子が普段使っている鞄につけたまま放置していた。

「そう、あの人の」

 銃を持った女性も、大きく頷く。

「今のところ、あれで商売しているのあの人だけだからね。

 やっぱ知っているか」

 あれで、というのは、〈エンチャンター〉のスキルを使用して、という意味なのだろう。

 迷宮とか探索者の社会もかなり狭いので、特定は容易だった。

 お守りの原料か、と、智香子は思った。

「ラビットフット」の名前を知っていればすぐにピンと来たのだろうが、智香子は岩浪さんから「お守り」としか聞いていなかったので、ウサギ型が原料だと推定することができなかった。

「あとお肉も、知り合いの業者に引き取って貰う予定なんだけどね」

 その女性は、そう続ける。

「ウサギ型は小骨が多いから、だいたいは挽肉に加工されるそうだけど」

 その女性の名は、早川静乃という。

〈狙撃〉というスキル持ちで、さきほどのウサギ狩りの際の連射もその〈狙撃〉による効果だそうだ。

 なるほどなあ。

 と、智香子は感心をする。

 あれほど頼りになる遠距離攻撃が可能ならば、そもそも防御力に気を払う必要性もほとんどないわけで。

 初心者用の、おそらくは安価な保護服をいつまでも着用をしているわけだった。

 聞けば、この早川さんも、今回のふかけんの中でも探索者としては古参な方であるという。

 葵御前と一、二を争うほど、というから、つまりは中学生の頃から迷宮に出入りをしていた計算になる。

 強いわけだ。

 と、智香子は思う。

 それからようやく、

「夏休み、〈特殊階層〉で〈兜〉の人がいっていた〈狙撃手〉とは、おそらくこの人のことに違いない」

 と、そう思い当たる。

 直後に、

「もっと早くに気がついてもよかったかな」

 とも思った。

 ウサギ型を連射していた様子を見て、その場で気づいていてもおかしくはなかった。


「〈狙撃〉の習得条件、って、わかっていますか?」

 智香子は、早川さんにそう訊ねてみた。

 スキルは、生やすための条件がわかっている物と、そうでない物の二種類が存在する。

 自分の攻撃力に不安を感じている智香子としては、〈狙撃〉が自分にも習得可能なスキルであれば、ぜひ身につけたいと思っていた。

「んーとねえ」

 早川さんは思案顔になって、それからこういった。

「たぶん、だけど。

 弾道を具体的に想像できること、なのかな?」

 いまひとつ、自信がなさそうな語尾の調子だった。

「ってことは」

 智香子は確認をする。

「具体的な条件は、よくわからない、と?」

「ええとね」

 早川さんは、丁寧に説明をしてくれる。

「前提として、〈狙撃〉ってのは、射撃経験がある人に生えやすいスキルで。

 軍隊の経験者とか、うちのお爺さんは猟師やってたんだけど、やはり迷宮に入るようになってすぐに生えてきてたな。

 わたし自身は鉄砲撃ったことないけど、お爺さんの射撃は昔から見ていたし、迷宮の中でもスキルを使うのを見てきたから、こう、自然とね。

 うん。

 どう当たるのかっていうのが、想像できるようになっていたんだ。

 その、スキルっていうのはさ、結局、使用者の想像すること以上のことは起こらないらしいし。

 つまりは願望とか希望を迷宮が叶えてくれている現象を指して、わたしたちはスキルと呼んでいるんじゃないかな、と。

 いや、これはあくまでなんの確証もない、わたし個人の推測にすぎないんだけど」

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