第114話 ウサギ狩り(一)
「ん、っと。
そっち、行くね」
初心者用保護服の女性がそういって、なにもない空間から突然銃を出した、ように見えた。
無論、実際には〈フクロ〉のスキルによりどことも知れない空間内部に収容していた物品を取り出しただけのことなのだが、出て来た物を見て智香子はぎょっとする。
なにしろ、銃である。
智香子は銃の種類を判別できるほど詳しくはなかったが、拳銃ではなくい、かなり大きな銃器であることは理解出来た。
見ると、他の一年生たちも愕然とした表情でその女性の銃器を目で追っている。
「あれは、オモチャだから」
松濤女子の子たちの反応を見て、葵御前が説明をしてくれる。
「本物のアサルトライフルでもなければ、ガスガンですらない。
弾を発射する機能がないプラスチックモデルだから、安心して」
葵御前がそんな説明をする間にも、その女性はそのモデルガンを構える。
智香子の目には、なかなか堂に入った構え方に見えた。
普段から、扱い慣れているのかな?
智香子は、そんなことを考える。
「ばん」
モデルガンを構えた女性は、小さく呟いた。
「ばん。
ばん。
ばん。
ばん……」
連続して何度も、発射音を口で真似る。
なんの意味があって、そんなことを……。
という疑問は、すぐに中断をする羽目になった。
モデルガンの銃口の延長線上、遙かに遠くで、バタバタと白い影がその場でうずくまり、動かなくなる。
そのエネミーの死体を乗り越えて、次々と同じウサギ型のエネミーがこちらに向かって来るのだが。
え?
と、智香子は驚く。
エネミーが倒された地点まで、目測でたっぷり数百メートル単位の距離が空いている。
それくらいの距離を超えて攻撃する能力ならば、宇佐美先輩をはじめとする弓道部との兼部組の〈梓弓〉スキルも備えているのだが、ここで的にされたウサギ型は小型に分類されるエネミーだった。
成体でも全長五十メートル前後、ウサギとしては大きいかも知れないが、これだけの距離を隔てているとほんの点にしか見えない。
おまけに、動き回っている。
あれだけ小さな的に、これほどの距離を隔てて攻撃を、それも何度も立て続けに命中させている、という事実に、智香子は驚かされた。
弓道部の人たちの中にだって、ここまで精密な射撃をできる者はいないはずだった。
途中、何体かが倒されても、ウサギ型は怯むことなくこちらに向かって来る。
通路を埋め尽くすほどの数で、果たして全部で何百匹いるやら。
そのすべてが、智香子たちのパーティめがけて走ってくるのだ。
ウサギ型は智香子たち一年生も対戦した経験がある。
一体一体は弱く、智香子たちでも特に苦戦もせずに倒せるエネミーだった。
それでもこれほどの数と一度に交戦するとなると……正直、かなり不安なところではある。
これまでは、同じパーティの先輩方が防波堤となってくれた。
そうした時の人数は、数十名単位であったが、今の智香子たちは一年生組四人とふかけんの五人、合わせても十人にも満たない少人数パーティである。
数が、戦力が与えてくれる安心感というものを、これほどしみじみと実感したのは、智香子にしてもはじめてのことだった。
「んじゃ、おれ、行くから」
そういって、茶初の男の人が姿を消した。
文字通り、まるで透明にでもなったかのように、見えなくなったのだ。
……え?
と驚き、智香子は慌てて〈鑑定〉のスキルを使う。
どうやら、〈隠密〉というスキルの効果らしい。
そのスキルを使用すると、敵味方を問わず、スキル使用者の姿が知覚されなくなるようだった。
ただし、〈鑑定〉のスキルを使用すると、その人の名前〈秋田昭雄〉以下、所持しているスキル名とその詳細などの情報がなにもない空中にずらずらと浮かんで見えるので、智香子はその人現在地を知ることができたが。
ってことは。
と、智香子が思う。
相手側に〈鑑定〉スキルか、同じような性質を持ったスキルの持ち主がいた場合、この〈隠密〉スキルの価値はほとんどんくなるのではないか。
便利なようでいて、歴然とした欠点を伴ったスキルのようだった。
透明人間となった秋田……さん、は、そのままウサギ型の群れに突っ込み、手足や武器を使って片っ端からエネミーを蹴散らしていく。
ウサギ型には秋田さんの存在が感知できないらしく、ほぼ一方的に狩られているだけだった。
「近づいてくるのは片っ端から仕留めるから、松濤の子たちは攻撃に専念していいよ」
いよいよ個々の姿までが判別できるような距離にまでウサギ型の群れが近づいた時、双葉アリスさんがそう保証をしてくれた。
「好きに動いてくれれば、こっちで勝手に援護するから」
実に頼もしい言葉だったが、本当にそんなことが可能なのかな?
と、智香子は疑問に思ったものだ。
しかし、実際にアリスさんが攻撃を開始すると、そんな疑問は吹っ飛んだ。
アリスさんは〈ショット〉や〈バレット〉系の、つまりは遠距離用スキルの使い手である。
でも、そうしたスキルを単純に使うだけではなく、一度に五つ以上も同時に使用して見せた。
つまり、遠距離攻撃用スキルの、多重使用者なのである。
「ほい!」
とかいいながら、アリスさんが絶え間なく弾幕を張りはじめたのを見て、智香子は愕然とした。
これまで智香子は、遠距離攻撃系のスキルを同時に複数使用することなどできないものと、そう信じ込んでいたからである。
それも、智香子と同じ〈ライトニング〉だけでなく、〈ファイヤ〉や〈フリーズ〉なども混在した状態で絶え間なく連発していた。
その分、個々の命中精度はいまいちのようだったが、それでも今回のように、エネミーの数が多い乱戦の中ではかなり役にやつ使用法といえる。
智香子は、自分がいかに固定概念に縛られていたのか、そのことを思い知らされた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます