第105話 プレイヤーズ・スキル
「いや、剣による攻撃を避ける、ではなくて、躱しつつ肉薄するってことは、普通はできないから」
黎がぶつくさと小声でそんなことをいっている。
「動きを先読み?
いや、それにしては、なんかぎりぎりで動いていたようにも見えるし」
さっき見た光景が信じられない、という風だった。
智香子だって、信じられない。
「なんか、特殊なスキルのおかげじゃない?」
「だとすれば、まだ納得できるんだけど」
智香子がそういうと、黎は首を振った。
「どうも、スキルを使ったようにも見えないんだよね。
動きが滑らかすぎるっていうあ、スキルを使うぞってためがなかった」
ああ、それは。
黎の言葉に、智香子は頷く。
スキルを使用する時、特にスキル名を叫ばなければならないなどの制約はない。
普通に使うだけなのだが、もともとスキルというのは生来の能力ではなく、かなり不自然な代物だった。
よほど使い慣れていれば別だが、普通は、
「そのスキルを使用するぞ!」
と意識をする。
それがそのまま、外から見ると動きの遅滞などの形で観測をされることになる。
意識をするまでもなくそのスキルが使用可能になっているのならばともかく、そうでない場合は、スキルを使用する前後というのは、割と外から見てそうとわかるのだった。
そうした隙を、先ほどの〈ニンジャ〉の人には見いだせなかった。
という点で、智香子と黎の見解は一致している。
「スキルでないとすれば」
智香子が、ぼんやりと続ける。
「あの人、素の状態であれができるってこと?」
「素というか、地というか」
黎はなぜだか悔しそうな表情でそういった。
「多分、迷宮の外、影響圏外でも同じ真似ができるんだと思う」
「……とんでもないね」
智香子は、素直な感想を述べた。
「まったく、とんでもない」
黎も、智香子の意見に同意をする。
「あんな人が、実在するなんて」
実在って。
智香子は、心の中でつっこむ。
だけど、同時に黎のその意見に同意もしていた。
「プレイヤーズ・スキルってやつだな」
青島先輩は、そんな説明をしてくれた。
「その人自身が持っている、もともとの能力だ。
すでに身についているものだからすっと出てくる」
わかりやすい例で説明をすると体術全般、それに、スポーツのフォームなど。
迷宮の外で身につけていた能力は、かなり強い。
とのことだった。
「探索者が一般に使っているスキルというのは、後付けというか外付けというか、とにかく、一種のバフなんだよ」
青島先輩は、そう続けた。
「もちろん、そのバフをうまい具合に使いこなすのだって技術は必要なんだけど。
でも、自分の中から出て来たものだから、使いこなすようになれるまでに慣れが必要なわけでさ。
スキルが生えたばっかの時には、うまく使いこなせないだろう?
でも、プレヤーズ・スキルっていうのはすでに昇華された状態がデフォルトなわけで、その上に累積効果による能力向上が加わる形だから。
うん。
強くて当然」
「スポーツはともかく、武術をやっている人とかも迷宮に入っているんでしょうか?」
黎が質問をした。
「わりとね」
青島先輩はあっさりと頷く。
「さっきの日本刀の人みたいに、自分の手で生き物を斬りたいから探索者をやっているっていう人もたまにいるそうだし。
ま、うちで部活で迷宮に入っている限り、そういう人とつき合う機会はないはずだけど。
わかりやすい例でいうと、軍人さんとか警官なんかも訓練に迷宮を活用しているしね」
軍人さんとか警官とかの事情について、智香子にはよくわからなかった。
迷宮に入ることによってどんな訓練になるのだろうか?
実戦慣れ、ということなのかな。
実際にやっているにしても、軍隊とか警察の全員ではなく、かなり限定された部隊だけ、とかだけなのではないかな、と、智香子は思った。
別に興味もなかったので後で調べるつもりもなかったが。
「御前もめちゃ強かったしなあ。
迷宮の中でも外でも」
青島先輩はそんなことまでいいだす。
「さっきの〈ニンジャ〉の人と、いい勝負なんじゃないか?」
「それはどうでしょうか?」
黎が、首を傾げる。
「さっきの人は、素手であれだけ動けたわけで。
下手をすると薙刀を持った姉さんでも、あの人ならあっさり取り押さえかねません」
そこまでなのか。
と、智香子は黎の評価にかなり驚いた。
「でも、薙刀と素手では、ぜんぜんリーチが違うんじゃ?」
智香子は、念のためにそう訊ねてみる。
「いや、同じ」
黎は、あっさりとそう断言する。
「さっきのも、日本刀を振り回しているとリーチが素手よりは一メートル弱くらい伸びるんだけど、ニンジャの人にはまるで当たる様子がなかったでしょ。
結局、どんな武器でも手で持って振り回していることには変わりがないわけで、基本的に肩を起点とした円運動になるしかないんだよね。
あのニンジャの人は、その軌道というか動きを根本的な部分から予測して動いているから、どんなに長い物を振り回しても当たるわけがない」
いきなり多弁になった。
「ええと」
戸惑いながらも、智香子はさらに訊ねる。
「それでは、さっきの人は無敵なの?」
「いや、それもない」
黎はゆっくりと首を振った。
「無敵の人なんて、実際にはないよ。
状況とか条件による違い、それに相性があるだけで。
あの人は、武器を持っているか素手であるかを問わず、人間による攻撃だったら大半を避けられる技術を持っているってだけで。
ええと、スキルによる攻撃とか、もっとわかりやすい例をあげると、遠い場所から狙撃するとかすれば、多分、倒せる。
対人戦に強いということと、あらゆる状況に対応できるってことは、根本的に違うと思うんだ」
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