第103話 〈鈍牛の兜〉
「いや、だからそれはあの」
なんだかはっきりとしない物言いをする人だった。
ひでちーさん、本名はどうも野間秀嗣というらしいのだが、城南大学の一年生であるらしい。
入学と同時にふかけん、城南大学の探索者サークルに入り、迷宮に出入りをはじめる。
探索者とのキャリアとしては、智香子や黎たち一年生組とほぼ同じくらい、ということになる。
もっとも、週に数えるほどしか迷宮に入らない松濤女子たちと、比較的自由になる時間が多い大学生とでは、トータルでの迷宮潜行時間にも自然と差ができてしまうはずだったが。
そのひでちーさんは、先輩方によって髪型にケチをつけられ、勝手にカットハウスの予約を取られてしまうところだった。
実際には迷宮内部に中継アンテナを設置できるはずもなく、圏外で予約を取ることはできなかったようだが。
大きな体をした男の人が、小さな女子高校生にいいようにあしらわれる様子は、端から見るとなんだか滑稽だった。
いや、ひでちーさんから見れば、自分より年下で小さな女の子たちに対して、強い態度にできるこができないというのはあるのかも知れないが。
それにしても、もう少し毅然とした態度に出られないものかな、と、智香子などは思う。
体が大きい、というより、よく見ると肥満体型であり、背の高さもさることながら体重もかなりありそうな体格だった。
そんな大きな男性が小さな女の子たちに囲まれてオロオロしている様子は、正直ちょっと情けなかった。
「わー」
「おっきい」
先輩方の何人かは、そのひでちーさんのヘルメット、黎の特徴のあるドーム型の形状をした兜を数人がかりで持ち上げて歓声をあげている。
〈鈍牛の兜:
防御力プラス補正
移動力マイナス補正〉
〈鑑定〉スキルでそのアイテムを確認して見ると、やはりドロップ・アイテムだった。
武器とは違い、防具類のドロップ・アイテムはサイズの問題があってそのまま使用できることは少ない。
大抵の探索者にしてみれば、そうした防具のアイテムは大きすぎるか小さすぎるかのどちらかになるのだ。
ただ希に、この〈鈍牛の兜〉のようにその効能を活かすために、無理矢理気味に改造をして使用する場合もあった。
直径二メートルほどもある半球状の物体であるから、小柄な智香子であれば下手をすると体全体がその中に収まってしまいかねないようなサイズになる。
それを、素でも二メートル前後は身長があるひでちーさんが無理矢理改造をして被っているわけで。
もともと大きな人が、さらに大きく見える形になる。
今、その〈鈍牛の兜〉は、先輩方が四人ぐらいで手に持って、その中に別の先輩が入れ替わり立ち替わり上半身を突っ込んでいた。
「意外と広いー」
「なんか今、びーっと来た!」
「目が、目が」
あの中は一体どうなっているのか。
〈兜〉の持ち主であるひでちーさんは、汗の匂いがどうのこうのといいながらそんな先輩方を制止しようとしている。
しかし、先輩方はそうしたひでちーさんの言葉はまるっと無視していた。
そもそも松濤女子の面々だって汗くらいは普通にかくし、その匂いにもすっかり慣れてしまっている。
他人の体臭ごときに怯むような、そんな殊勝な人たちではないのだ。
「チカちゃんチカちゃん」
そんなことをぼんやり思っていると、青島先輩から手招きをされた。
「レイちゃんもいっしょに、ちょっと来てみ。
これの中、かなり面白いことになっているから」
二人で顔を見合わせてから〈兜〉の方まで移動をする。
先輩方が場所を空けて、順番に〈兜〉の中に頭を突っ込んでみた。
大きなドーム状の外殻の中に、かなりぎっしりとクッションらしき物体が固定されていて、その中央に頭部を入れる空間がぽっかりと空いている。
中は、想像以上に暗い。
そういや、外にものぞき穴っぽい物はなかったような。
この構造で、どうやって外の様子を把握するのだろうか?
などと考えていると、不意打ちのように突然目の前が明るくなった。
あれ?
と、智香子は不思議に思う。
手前に先輩方が、背後に砂浜が見える。
確かに外の光景ではあったが、なんというか、いつもよりも広い範囲が見えている気がする。
これは……と、しばらく考えて、なんとなく仕組みに思い当たった。
カメラで撮影した光景を中継して、リアルタイムで映しているんだ。
直に肉眼で見る構造になっていないのは、おそらくはこの〈兜〉の強度、打たれ強さを保つためで。
意外とハイテクなんだな、と智香子は思う。
それにこの光景も、液晶とかに映してそれ見ているのではなく、VRのゴーグルのように目の網膜に直接投影をしているらしかった。
こうした改造もおそらくはオーダーメイドに近い形で発注するはずであり、それを考えるとかなりお金がかかっているのではないか、と智香子はそんな下世話なことを思う。
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