第102話 大きな人
「チカちゃん、レイちゃん。
ちょっとこっち来てみ」
食べるだけ食べた後、少し安いんでいると青島先輩に手招きをされた。
「凄い人おった。
一見の価値があるから、ちょっと来てみ」
青島先輩はすでに保護服を脱ぎ、水着の上にパーカーを羽織ったバカンスモード全開の格好になっている。
エネミーの討伐も着々と進行中で、海岸に接している場所でも安全な地域が増えてきたから、なのだろう。
それはともかく、先輩の命令に逆らうわけにもいかず、智香子と黎とは素直にその言葉に従い、立ち上がって青島先輩の方に歩き出した。
「どんな風に凄い人なんですか?」
青島先輩の背中を追いながら、智香子が訊ねてみる。
「ん?
あれ、凄く大きい」
青島先輩は、軽い口調で答えた。
「体がおおきい人なら、ここには割と大勢いると思うんですけど」
今度は黎が、そんなことをいい出す。
「探索者って、体が基本ですから」
黎の言葉の通り、大人の探索者は、体型はそれぞれだったが筋肉質の人が多かった。
聞いたはなしでは、元軍人とか引退したスポーツ選手などが探索者になるパターンも多いそうだ。
探索者とそれ以外の一般人の中から無作為に一定の人数を抜き出したら、後者の方が断然、体が大きい人の人数は多くなるだろう。
「いや、そういうことではなくてね」
青島先輩は、なぜだかにやにや笑いながら、そんないい方をする。
「見ればわかるけど、とにかく大きくて楽しい人だから」
砂浜の上で、「大きな人」中心にして、何人かの松濤女子の生徒たちが輪を作っていた。
そこにいるのはほとんど先輩たちばかりであり、その先輩たちもほとんどは青島先輩のように水着に上着をひっかけただけのラフな格好をしている。
「あ」
先輩方が三人ぐらいで持ち上げている、特徴のあるドーム型の兜を見て、智香子は小さな声をあげた。
さっき見掛けた人だ。
先輩方は大きな兜を数人がかりで持ち上げたり、中に頭を入れたりして騒いでいる。
その兜は確かに大きな物だったが、それを持つ先輩方だって年単位で迷宮に入っているわけであり、累積効果により身体能力が向上しているはずなのである。
探索者の膂力を考えると、決して、
「重すぎて持ち上げられない」
というほどの重量物には見えなかった。
保護服とプロテクターを身につけたままの「大きい人」は、所在なげな様子で砂浜の上に座り込んでいる。
所在なげ、というより、大勢の女子に囲まれ、しかもそうした状況に慣れていないのが傍目にもよくわかるほど落ち着きがなく、あちこち不自然に視線を動かしていた。
体が大きいだけではなく、顔を隠すような長髪で、なんだかもっさりとした印象の人だった。
兜を囲んだ先輩たちは、明らかに普段よりもトーンの高い声で、
「わー、すごいー」
とか、
「なんか今、びーっと来た!」
とかいって騒いでいる。
なんだかなあ、と、智香子はその様子を見て思った。
「誰なんですか? あの人」
智香子は青島先輩に訊ねた。
「ん?
ひでちーさん」
「ひでちー……さん?」
黎が、反復をして問い返す。
「ひで……なんていったかな、名前。
おぼえてないけど、とにかく城南大学の人、らしい」
「はあ、なるほど」
智香子はなんとなく頷いた。
「なんであの人、先輩方が取り囲んでいるんですか?」
「そりゃ、逃がさないために決まっているでしょ」
「逃がさないため」
「逃がさないため」
期せずして、智香子と黎の声が重なる。
「なんのために、ですか?」
智香子は、質問を続けた。
「あのガタイを見てみな」
青島先輩はそういってにやりと笑った。
「盾役をするために産まれてきたような体じゃないか」
「ああ」
黎は、あっさりと頷いた。
「うちは女子ばかりだから、絶対的に安定した、信頼ができる盾役が不足していますからね」
そうした防御力の薄さを過剰なまでの攻撃力を養うことで相殺しようとしている、というのが、松濤女子のメソッドでもあるのだが、それはさておき。
「それであの人をスカウトしようと」
「スカウトというか、時間の合うときにでもいっしょに迷宮に入ってくれれば万々歳、なんだけどね」
青島先輩はそういって舌を出した。
「あの人だってああして女子高生に囲まれていい思いをできるわけだから、お得なんじゃないかな」
智香子と黎は、まだ中学生だったが。
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