第100話 お肉の出所
そうこうしているうちに三十分が経過し、智香子たちは休憩に入った。
智香子自身はあまり動かずに〈ライトニング・ショット〉のスキルを連発していただけだったのさほど疲れていなかったが、他の一年生たちは汗だくになり、さらには全身濡れ鼠の状態でかなり消耗をしている様子だった。
ぞろぞろと海岸から離れて安全地帯であるうという、おいしそうな匂いが漂う場所まで全員で移動をしていく。
「疲れた」
「お腹減った」
などと、みんな口々にそんな愚痴をこぼしながら、ぞろぞろと歩いて行く。
実際、迷宮に入った直後というのはかなりお腹が空いているし疲れてもいる。
智香子の経験からいっても、そう断言ができた。
なんといっても、運動量が日常とはまるで違うのだ。
今日の〈特殊階層〉でこそ、智香子自身は歩き回る必要がなかったのでさほど疲弊していなかったが、それはどちらかといえば例外であり、普通に走り回ってラッコ型を狩り続けていた他の一年生たちは、移動の時間がない分動きっぱなしである、いつも以上に疲れているのではないか。
〈フクロ〉に収納していたミネラルウォーターの冷たいペットボトルを二本出し、一本を黎に渡してもう一本は自分で飲みながら、智香子はそんな風に思った。
「だけど食べ放題って、気前がいいなあ」
「どうお肉はただだからね」
「ただ?」
「知らない?
最近の城南では、なんかエネミーのお肉を捌いて売り歩いている人がいるって噂」
「ええっと」
智香子は戸惑った。
これまで相手にしていたエネミーのほとんどが小型であったことも手伝って、智香子にはエネミーを食肉に加工するという発想がうまく信じられない。
しかしいわれてみれば、殺すだけ殺してそのまま放置をし、スライムの餌にするよりは、ちゃんと加工をして食肉として活用する方が有用ではある。
「……おいしいのかな?
エネミーって」
「物にもよるそうだよ」
黎は平静な声で答えた。
「ただ、殺してからすぐに〈フクロ〉に保存して、その状態から出してすぐに血抜きとか必要な処理をしないとかなり生臭くなるそうだけど」
それは、別にエネミーだけに限定された事情ではなく、生物全般にいえることなのではないか。
「あ、千葉かそっちの方に、スイギュウ型のエネミーを出しているチェーン店があるって聞いたことがある」
すぐそばを歩いていた佐治さんが、会話に参加をしてくる。
「普通の牛肉よりも匂いが強めだけど、慣れればかなりおいしいそう。
それに、ランクが高い国産牛よりはよほど格安だっていうし」
「癖が強い程度なら、食べる人は食べるんだろうね」
黎が、その言葉に頷いた。
「安定的にスイギュウ型を狩って卸している探索者が、そっちにいるのかも知れない。
千葉方面っていうと、たぶん〈印旛沼〉を根城にしている探索者だと思うけど」
そんな会話をしながらゾンビのような足取りでしばらくぞろぞろとしばらく歩いた後、一年生たちは足を止めた。
「はいはい。
どんどん食べていってくださいねー」
トングをカチカチさせて何者かを威嚇している岩浪さんが、こちらに振り向きながらそういった。
「なんいやってんですか、岩浪さん」
不審に思った一年生を代表として、黎がそう声をかける。
「ああ、松濤の子たちか。
いやなに、わたしも実は城南の出身で、その関係で手伝いを頼まれてね」
岩浪さんはトングを振り回しながらそういった。
「可愛い後輩たちの頼みだし、それにここに来ているのは大半うちの常連さんたちでもあるし、で。
まあこうして手伝っているわけだよ」
「はあ、なるほど」
黎は、気の抜けた返答をする。
ちなみに、学年に関わらず、松濤女子の子たちもそのほとんどがなんらかの形で岩浪付与術工房にお世話になっていた。
そのため、こちらではこの岩浪さんの顔を知らない子はほとんどいない。
「その様子ではかなりお腹も減っているだろうから、遠慮することなくびしばし食べていってくれ給え。
なんといっても君たちは育ち盛りだし、いくらでも入るだろう」
「それじゃあ」
「遠慮なく」
黎と智香子は顔を見合わせ、そんな風にいった。
それとほぼ同時に、他の一年生たちは競うようにして肉などが焼かれている炭火の方へと近寄る。
そこで焼かれているのは主として串焼きであったが、一年生たちは焼き上がった串焼きを渡されるや否やその場で食べはじめ、完食をするのと同時におかわりを所望しはじめた。
佐治さんなんかは、一度に二本を貰って両手に串焼きを持ちながら交互にがっついている。
「はいはい。
慌てない慌てない」
岩浪さんはのんびりとした声でいった。
「お肉も野菜もたっぷりと用意しているし、どんどん焼いていくから。
ちゃんと順番を守ってねー」
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