第98話 海岸にて

 そんなわけで、智香子たち一年生たちも頑張ってみた。

 これまで浅い階層でやってきた智香子たちも、なんだかなんだでそれなりの累積効果とスキルを勝ち取っている。

 全員で肩を並べ、これを解放する機会というのは、そうそうない。

 つまり、「このような〈特殊階層〉以外の場所では」、ということだが。

 何十人、いや、何百人という探索者が並んで同時にエネミーと対峙できるような場所と機会は、おそらくはこの〈特殊階層〉くらいにしか存在し得ないのだろう。

 弓道部との兼部組は、一年生たちも含めて高台を作り、そこに陣取って〈梓弓〉のスキルを連射していた。

 同じ〈梓弓〉のスキルでも、上級生の方が飛距離、威力ともに大きいのだが、この階層のエネミーはなにしろ数が多く、かなり大勢居る上級者たちの遠距離攻撃スキルをかいくぐって、いくらでもこちあらに、海岸に向かって泳いでくる。

 そのため、有効射程が異なるスキルを持つ探索者が競合をする問題は起こらなかった。

 特定の探索者だけでどこかの時点でエネミーを全滅させることはほぼ不可能であり、おのおののスキルに適した間合いを選択して粛々とそこにいるエネミーを倒し続けるだけだ。

 仕留めても仕留めても後から、沖合の方からいくらでも沸いてくる。

 そんな、エネミーだった。

 この場に人数を集めたのは、正解だったような気がする。

 智香子は、そう思った。

 エネミー自体はラッコ型で、かなり小さく弱い。

 少なくとも、打たれ弱い。

 一回でもなんらかの攻撃が当たれば、それだけで沈黙する。

 一体ずつは脅威でもなんでもないのだが、なにしろ数が多い。

 遠距離攻撃スキル組が大火力のスキルを連発しても数割が確実に生き残り、さらにより短い射程距離のスキルによる猛攻をかいくぐって、一定数が確実に海岸まで生きたままたどり着く。

 そうなってはじめて、近接戦闘に適したスキル構成を持つ探索者の出番となる。

 傾向として、キャリアが長い探索者ほどスキルの種類が多くなり、有効となる攻撃レンジは広くなるそうだったが、この時点の一年生組はほとんどが近距離攻撃用のスキルしか持っていなかった。

 こうした近距離戦闘要員は、探索者全員の中では比率が少なく、若干目立っているような気がしないでもない。

 ともあれ、それまで度重なる攻撃をかいくぐって海岸まで到着したエネミーの群れを始末する役割は必要であったことは確かで、松濤女子一年生の近距離要員は汗だくになって海岸線を駆け回り、奮戦をしていた。

「おりゃあ!」

 とか、

「とりゃあ!」

 とかいって気合いを入れながらスキルを連発していく姿はいつもにもまして熱苦しく思えたが、まあ、基本、体育会系ノリの子が多いからな、とか、智香子は思う。

 智香子自身は、礼によって〈ライトニング・バレット〉を連発して、海岸線の近くにまで到達したエネミーを狙い撃ちにしていた。

 近く、といっても〈ライトニング・バレット〉の射程ギリギリのところにいるエネミーを射撃していく形になるが、神経を集中させる必要はあるものの、智香子自身はそんなに忙しく走り回る必要はなかった。

 別に移動をせずとも、エネミーの方が次から次へと、射程内にまで来てくれるのだ。

 しかし近距離スキル構成組はそういうわけにもいかず、よりエネミーの密度が濃い場所を追って、忙しく左右に走り回る形となった。

 黎などは攻撃の間合いが短いので、走りながら大きく傾いだ前のめりの姿勢のまま素早く両手の短剣を振るって着実にエネミーを倒している。

 娑婆の、迷宮外ではまず実行不可能な行為であったが、累積効果により身体能力が向上されているこの迷宮の内部でなら、そんな真似も実行可能なのだった。

 同時に、公社の係員が、

「三十分経ったら休憩をしろ」

 と繰り返しアナウンスしていたことにも、合点がいく。

 いくら負担を感じないからといっても、こんな激しい運動を長時間続けていたら、必ず後で怖いことになる。

 一時的に身体能力が向上する累積効果は、自分の体にかかっている負担が実感しにくいという側面もあるのだ。

 小まめに休憩を取るように心がけないと、脱水症状や筋肉疲労、ハンガーアップなどに悩まされることになるのではないか。

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