第97話 遠距離攻撃用スキル

 松濤女子一年生組がそんな長距離攻撃用のスキルを持っているわけもなく、別の、比較的人がいない空いてない場所へと移動する。

 海岸線は長く、移動する手間さえ惜しまなければそうした空いている場所はそれなりに存在した。

 というよりも、海、だよねえ。

 と、智香子は今さらながらにそんなことを思う。

 ほんのりと湿気を帯びた周囲の空気も、独特の香りを含んだ潮風だった。

 迷宮の中に、こんな場所があるなんて。

〈特殊階層〉というくらいだから、迷宮の中でも珍しい階層なのだろうけど、それでも、うん。

 出鱈目だった。

 迷宮という存在自体が。

 今さらだが。

 それはともかく、弓道部との兼部組は射撃をするための高台を作りはじめている。

 砂を積みあげ、それに水をかけてスキルを凍らせて、その上に乗って〈梓弓〉のスキルを使用するわけだった。

 遠距離属性攻撃スキルを持っている人が多い吹奏楽部との兼部組も、同じような射撃台を作りはじめていた。

 吹奏楽部は〈杖〉持ちが多く、自然とその手の属性攻撃スキル持ちが多くなる傾向がある。

 智香子自身もその〈杖〉持ちの一人であったが、〈ライトニング・ショット〉の有効射程距離は最大限に見積もってもせいぜい三十メートルほどでしかなく、そんな台にまで乗ってエネミーを狙う必要性もあまりない。

 そのことについて智香子は、

「半端なんだよな」

 と、そう思っている。

 仮にもう少し射程距離が長くなったとしても、智香子がうまく使いこなせるかどうかは微妙なところなのだが。

 とにかく、現在の〈ライトニング・バレット〉は使い勝手があまりよくなかった。

 狙撃をするのにはスキルの飛距離が短すぎ、しかし接近戦の時には味方に当たる可能性があるので乱用もできない。

 結局、エネミーと遭遇をした時にその所在地をパーティの他のメンバーに知らせるためにぶっ放して、その後、智香子はすぐに〈杖〉を棒に持ち替えるのが通常の戦い方となっている。

 同じパーティ内には他にも大勢の、智香子などよりも優秀な前衛要員で固められていることがほとんどであるので、結局、戦闘の中盤以降、智香子の手は空いてしまうことが多かった。

 ここに来てはじめて他の探索者が数十メートルとかあるいは百メートル以上の距離をまたいでスキルを使用しているのを目撃して、智香子は軽く羨望の念を抱いた。

 あんなスキルを、自分も持っていれば。

 射撃台が完成すると、弓道部や吹奏楽部の兼部組、その先輩方が次々とその高台の上に乗り、容赦なく〈梓弓〉やその他のスキルを沖合に向けて撃ちはじめた。

 攻撃スキルのつるべ撃ちだ。

 先輩方のスキルは、たとえば見慣れていたはずの〈梓弓〉でさえ、威力と飛距離が全然違う。

 見えないスキルが待機を切り裂いて発射され、遠い波濤の命中して盛大に水しぶきをあげる。

〈梓弓〉以外の攻撃スキルも、次々と発射されて数百メートルも先の沖合に炸裂していた。

 同じスキルでも、探索者の練度が異なるとここまで威力が違ってくるものか。

 これまで同学年の、一年生が使う〈梓弓〉しか見たことがなかった智香子は、その威力に驚いていた。

 一年生で〈梓弓〉以外の遠距離攻撃用スキルを使用できる者は智香子自身を含めて、この時点では数えるほどしか存在せず、その威力も先輩方のスキルとは比較する気にもなれない。

 もちろん、他の探索者、ほとんどは松濤女子に所属している子たちよりも年齢がいった、大人の探索者たちであったが、ともかく彼らの長距離攻撃用スキルの威力は、だいたいは松濤女子の先輩方よりも大きかった。


「チカちゃん。

 ぼうっとしてないで」

 黎が智香子に声をかける。

「こっちはこっちで、やれることをやらないと」

「う、うん」

 智香子は生返事してから、表情を引き締める。

 一年生組は一年生組で、やるべき仕事を与えられている。

 そうした遠距離攻撃をかいくぐって生き残り、この海岸へと近づいてくるエネミーを片っ端から片付けていくのが、彼女たち一年生に与えられた仕事ということになる。

 この海岸に集まった探索者たちのスキル、その威力は大したものだと智香子は感じていたのだが、そのスキルですべてを倒しきれないほどエネミーの数は多いというのだ。

 数には数を、と、人海戦術で対抗することになって、結果、智香子たち松濤女子にまで声がかかってこんな大騒ぎになっている。

 ここまで来て、なにもやらないで帰るという法はなかった。

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