第92話 適所適材
「何度か大規模に調べられたことはあるんだけど、ぶっちゃけ条件が多過ぎて調べきれない、というのが本当のところらしい」
その日の引率役だった松風先輩はスキルについてそういった。
「探索者の経歴や年齢、迷宮での行動、普段の食生活から喫煙、飲酒などの習慣まで。
公社が主催してかなり広い範囲に細かーいアンケートを取って、それと実際に生えてきたスキルとの相関関係を調べようとしたんだけど、たいしたことはわからなかった」
松風先輩がいうことには、その手の調査は数年ごとに何回か行われているとのことだが、スキル発生の機序などは依然不明な点が多い。
でしょうねえ、と、智香子は思う。
この時点でよくわかっていないということは、つまりはそうした調査が不首尾に終わった結果であるともいえた。
別に、
「すべてのスキルの発生条件がわかっていない」
わけではなく、ほとんどのスキルの発生条件がわかっていない状態なのである。
いくつか例をあげると、〈梓弓〉とか〈ライトニング・ショット〉の遠距離攻撃超スキルは、「迷宮内で遠距離攻撃用の武器を使用して一定数以上のエネミーを倒す」という条件をクリアすればかなり高い確率でスキルを習得することができると、経験的に判明している。
その逆に、かなり大勢の探索者が習得している〈フクロ〉とか〈フラグ〉とか、比較的ポピュラーなスキルだが、だからこそかえって習得条件を絞り込めないスキルなども多い。
公社の記録にも数えるほどしか前例が記載されていないレアスキルや、ただ一人しか習得した記録ないユニークスキルなどになると、なおさら習得条件を調べることが難しくなる。
なんだかんだで、多くのスキルは、
「一定期間以上、迷宮に出入りを繰り返していると自然と生えてくる物」
と認識されていた。
習得条件がある程度絞られている少数の例外はあるが、ほとんどのスキルは探索者本人が生やそうと意識をして生せるものではないのである。
習得条件がなかなか明確にならないから、多くの探索者は結局、いつの間にか自分が習得していたスキルを「いかに有効に活用をするか」という点にこそ、注力をしていく。
そうした態度を採用する方が、合理的であるからだった。
「スキルについても」
佐治さんが、そうまとめる。
「わかっていることよりかはわかっていないことが多いってわけだな。
迷宮の、他のことと同じく」
「配られたカードで勝負するしかない、か」
香椎さんが、感想を述べた。
「ま、仕方がないんじゃない?
こればかりは、どうしようもないし」
「実際、そうなんだけどね」
智香子は、そういって項垂れる。
「でも、戦闘に有利なスキルばかりを生やしている人には、こっちの気持ちは理解できないよ」
この頃には、黎は両手に短剣を持った完全攻撃特化型、佐治さんは〈盾術〉スキルを主体にしてエネミーにダメージを与えてから槍でとどめを刺すスタイル、香椎さんは盾と剣を両手に持ったバランス型として、それぞれの戦闘スタイルとスキル構成を確立しはじめている。
他の一年生も似たような感じで、先にスキルが生えたから武器を選ぶのか、武器を使い続けた結果として有利なスキルを生やしたのといった違いはあるものの、迷宮内での戦い方がそれぞれに固定化してくる時期だった。
智香子自身も一応、〈ラニトニング・バレット〉のスキルを生やしてはいたが、このスキルは今の段階でも打撃力には乏しく、エネミーの身動きを封じ昏倒させることはできても殺傷力という点では確実性がない。
結局、そうして感電したエネミーにも、前衛の誰かがとどめを刺すわけであり、智香子的には手応えに欠ける印象がある。
「チカちゃんが不満に思うのもわからないわけでもないけど」
佐治さんは、そういう。
「今でもチカちゃんはかなりパーティの役に立っているわけでさ。
チカちゃんと組んでいる時とそうでない時の差っていうのは、おそらくチカちゃんが思っている以上に大きかったりするし」
その場限りの慰めなどではない証拠に、黎や香椎さんも佐治さんの言葉に大きく頷いている。
「戦闘要員なんて、人数が多少増減してもたいした影響はないけど」
香椎さんは、そう続けた。
「ことに松濤女子では、かなりの大人数でパーティを組む傾向があるわけだし」
「〈察知〉を使いこなした上で、どんな時にも周囲への警戒を怠らない人って、ほとんどいないんだよね」
黎も、付け加える。
「他の事情は知らないけど、この松濤女子では」
「短絡的というか、みんな目の前のエネミーに意識を集中する傾向があるから」
佐治さんが、再び口を開く。
「だから、チカちゃんのようなタイプは貴重だし、自分で思っているよりはずっと貢献度が高い」
いや、でも。
と、智香子は思う。
それは、前衛の人たちがもっと周囲に注意を払えばいいだけなのでは?
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