第82話 お昼の語らい

 柔道女子である佐治さんは、腕や太股がややふとく、大柄でがっしりとした体格をしているものの、丸顔で柔和な表情をしていることが多く、威圧感はない。

 愛想がよく、人当たりがいいのだった。

 さらにいえば、丸顔でどことなく愛嬌がある顔だちも、印象がいい。

 それどころか、少しでも繋がりがある人には積極的に話しかけ、自然と知り合いを増やしていくコミュニケーション強者でもあった。

 智香子が知る限り、少なくとも一年生の探索部員の中では、この佐治さんが一番顔が広いのではないか。

 いつも機嫌がよさそうでさりげない気遣いができて、面倒見がよく、まさに天性のリーダータイプ、といった性格である。

 こうしたタイプの同級生はこれまで智香子の知り合いにはいなかったので、智香子としては素直に感心している。

 智香子自身はコミュ障とまではいかないが佐治さんほどには誰とでも仲良くなろうという気概もなく、その積極性を評価すると同時に「あの真似はできないなあ」と感心もしていた。

 おそらくは、「他人に対する興味の強さ」智香子よりはよほど強いのではないか。

 智香子自身は、幼児や必要性がなければ同じ部活というだけの同級生に積極的に話しかけるということはまずしなかった。

 そこまで交友関係を広げたいという積極性や動機を、そもそも持たないのである。


「チカちゃんはうちでは珍しいサポートキャラだからさ」

 その佐治さんは、智香子の顔を見るたびにそんな意味のことをいった。

「大事に育って貰わないと」

 松濤女子探索部の方針を簡単にまとめると、

「(エネミーに)ヤられる前にヤれ!」

 ということになる。

 可及的速やかにエネミーを殲滅することによって、味方のリスクを最小限に留める。

 その方針は決して間違っているとは思わないのだが、そうした方針に沿って育成を続けていくとどうしても攻撃方面を優先しがちになった。

 実際、一年生でもその大半が、

「まずは攻撃面を強化!」

 というコンセプトでスキルや武器の選択をしている。

 智香子のように、サポート系のスキルをメインに構成、育成している部員は意外なほど少なかった。

 その智香子にしても、好きでそんなスキル構成にしているわけでもなかったのだが。

 とにかく、松濤女子においてはほぼ全部員がめり込む勢いで前へ前へと進んでエネミーを始末にかかり、智香子のように一歩引いた場所で他の部員の役に立とうなどという殊勝さの持ち主は極端に少なかったのあった。

 探索者の世界では、前衛と後衛、あるいはフォワードとバックアップといういい方をするときもあるが、探索者を分類する方法として直接的な攻撃を主体とする者と、そうした探索者を支援する者とに分ける考え方がある。

 その考え方で分類をすると、松濤女子の場合は「圧倒的多数の前衛と、圧倒的に少数の後衛」というかなりアンバランスな比率になってしまうのであった。

 そうなってしまう理由、必然性については納得しているものの、智香子としてもこうした傾向については、

「なんだかなあ」

 と思ってしまう。

 仮にも女子校、女の子の集団でありながら攻撃偏重というのは、どうにかならないのだろうか。

 これまでこうした傾向を是正しようとした先輩方はいなかったのだろうか?

 などと、呆れ半分に思ってしまうのだった。

「チカちゃんはいい司令塔だよ」

 それまで黙々とコンビニ弁当を食べていた黎が、唐突に口を挟む。

「意外と冷静に周囲を見ているし、それに判断力も的確だし」

「そうそう」

 佐治さんが、黎の言葉に頷く。

「パーティ内に〈察知〉のスキルを持っている子が他にいても、真っ先にエネミーの居場所を知らせてくれるのはチカちゃんなんだよね、大抵」

「それ、単純にスキルレベルの差なんじゃない?」

 話題の主である智香子は、冷静に指摘をした。

「同じ〈察知〉のスキルでも、育ち方によってはエネミーを感知できる範囲がかなり違ってくるそうだし」

 別に〈察知〉のスキルに限定した傾向でもないのだが、同じスキルであっても使用者によって効果や威力などにはだいぶ差が出てくる、らしい。

〈察知〉でいえばエネミーを感知できる距離、攻撃系のスキルでいえば攻撃力などは、結局各探索者によって大きく違ってくるのである。

 基本的に累積効果、つまりはエネミーを倒せば倒すほどスキルの効果も強くなる傾向にあるのだが、ほぼ同じくらいの時間を迷宮内で過ごしている探索者が複数いた場合でも、かなりの個人差があるという。

 同じスキルであっても人間との相性あり、体質によって強さが変わってくるのではないか、ともいわれているが、はっきりとした結論は出ていない。

 スキルのような迷宮に付随する現象については、人間が解明している部分よりも解明していない部分の方が、よほど大きいのだった。


「〈察知〉もだけど、スキルとか累積効果だとかは、長く迷宮に入っていさえすれば自然に育つ物だと思うんだよね」

 佐治さんは、そう続ける。

「でも、スキルを使う側の能力や資質というのは、すぐには育たないし変えられないわけでさ。

 エネミーを見れば即座に殴りかかっていくわらしらのような脳筋よりも、周囲を冷静に見渡してその場で最適な行動なのはなになのかを判断しているチカちゃんのような人の方が、今の時点では貴重だと思う」

 いや、それは。

 智香子は、心の中で反駁する。

 そういう風に自分たちの行動を客観視ができている時点で、あんたも単純な脳筋とはいえんでしょう。


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