第81話 佐治さん
探索部の一年生といっても人数が多く、その内実を一括りに語ることはできなかった。
高価な装備品を「ガチ勢」と智香子が呼んでいることは前述した通りだが、その「ガチ勢」の中にも、
・「その程度の金額を支払うことにたいして抵抗がない」=実家が裕福なタイプ。
・「家族や親類など、身近な人間に探索者や迷宮の関係者がいて、迷宮の危険性を過小評価していいない」=事情通タイプ。
・「娘可愛さに、危険を少しでも少なくするためにはその程度の出費は厭わない」=過保護タイプ。
と、それぞれの家庭とその内情にはばらつきがあった。
黎や香椎さんの家の経済状況など、智香子が知るはずもなかったが、この二人は完全に二番目のタイプに該当したし、智香子自身はそのうちのどれにも当てはまらない「放任タイプ」になる。
松濤女子はいわゆる「お嬢様学校」ではないと思うのだが、私立校であるからには比較的経済的には裕福な家庭の子が多く、一番目のタイプも決して少なくはなかった。
なんというか、本当に裕福な家庭の子というのは、なんとなく物腰や雰囲気からそうとわかる。
普段使っている日用品からして、智香子のような庶民とは違う。
智香子自身の家庭も決して貧窮しているわけではなく、それどころか世帯年収でいえば確実にン千万レベルであり、現代日本社会の中では中流以上の、かなり豊かな家庭であるといえる。
だが、本当のお金持ちというのはなんというか「桁違いなのだな」、と、智香子はこの学校に来てはじめて思い知らされた。
「幼い頃から日舞と茶道を嗜んでおりまして」
などと、なんの衒いもなくいってのけるような娘が、クラスの中にゴロゴロいるような学校なのである。
そうした子の親はおおむね名の通った企業の経営者や役員だったりするのだが、親の年収が文化資本として子どもに与える影響の大きさを、智香子はこの学校に来てからはじめて実感できた気がした。
小耳に挟んだところによると、智香子たちと入れ違いに卒業していった先輩の中に、この松濤女子の創業者だか理事だかの家柄の子がいたそうなのだが、これまで智香子たちはその先輩と面識を得る機会がなかった。
そしてそんな「良家のお嬢様」平然と探索部に所属をして普段は智香子たちといっしょに迷宮の中に入り、剣だの槍だの振り回して血塗れ、汗塗れになってエネミーを殺しまくている様子は、冷静に考えてみると異様というかシュールな光景ではあった。
そうしたお嬢様方は、必ずしも普段から上品な言動をしているわけでもなく、マンガのよに縦ロールの髪型をしておらず、「おほほ」と不自然な笑い方もせず、基本的にはごく普通の中学生だった。
それどころか平均以上に荒い言葉遣いをするような子が、そうした「いいところのお嬢さん」だったりする場合も決して少なくはない。
そうした子は、普段、多少がさつに見える言動をしていても、どことはなく育ちのよさはにじみ出ていたりするのだが。
「チカちゃん、サンドイッチ食べる?」
その日の休憩時間に、気軽な調子でそんな風に話しかけて来た佐治さんも、そんな「隠れお嬢様」の一人だった。
「あ、いただきます」
むげに断るのもなんなので、智香子は差し出されたバスケットからサンドイッチをひとつ、指で摘まんだ。
「これ、なんのサンドイッチですか?」
同級生なのだが、なんとなく敬語になってしまう。
「今日のは、ターキーとかいってたかなあ」
佐治さんは、首を捻りながらそういった。
「とにかくおいしいことは確かから、どんどん食べなさい。
チカちゃんは、もう少し育った方がいい」
そういう佐治さんは、年齢の割には背も高く、がっしりとした体格をしていた。
幼い頃から柔道をしていたとかで、耳もいわゆる餃子耳になっている。
「この学校に柔道部がないのは誤算だった」
と、普段から、こぼしている。
松濤女子には、剣道部はあったが、柔道部はなかったのだ。
そしてこの佐治さんは、部活が活発なこの学校ならば、当然柔道部は存在するはずだと、入学するまで思い込んでいたらしい。
そして入学してから柔道部が存在しないという事実を知って、それならばと「きつい」という評判がある探索部に入部したと、以前に本人がそう話していた。
とにかく、体を動かすのが好きで、その点では智香子自身とは正反対だった。
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