第80話 休憩時間の過ごし方
「前々から気になっていたんだけどさあ。
そのプロテクターって、蒸れない?」
「蒸れる蒸れる」
「本当。
着けているところ、いつも汗でびっしょり」
迷宮から出た後、智香子たち一年生はそんな他愛のない会話をしながら松濤女子の校舎へと向かっている。
つまりは迷宮に入った直後でもその程度会話をお楽しむくらいの余裕ができているわけで、入部当初の頃と比較するとそうしたところにも違いを感じる。
体の方が、迷宮内での激しい運動量に慣れはじめているのだった。
智香子たちはそのままシャワー室に直行し、そこでざっと汗を流した後ジャージなどのラフな服装に着替えて足早に開いている教室に入り、そこで冷房を入れて室内が涼しくなるのを待つ。
夏休み中は、午前中と午後の一回ずつ迷宮に入ることになっていた。
そして、その二回の迷宮入りの間には、二時間から三時間ほどの間が必ず設けられている。
これは、部員たちが部活一辺倒にならないようにという配慮であると同時に、一度完全にリラックスをして心身を休ませることを目的とした措置であった。
迷宮に入ることは、たとえ浅い階層であってもそれなりにストレスが発生するわけで、松濤女子では長期間に渡る連続潜行を禁じていし、一日に何度か入る場合はその間に十分な休憩時間を入れることになっていた。
その開いている時間に昼食を摂るのはもちろん、昼寝や読書、夏休みの課題に当てる者も多い。
自分の〈フクロ〉の中にブランケットや寝袋、読みかけのマンガ、課題のプリントなどを準備している部員は少なくはなかった。
さらにいえば、〈フクロ〉持ちの部員たちはほぼ例外なく、自分の〈フクロ〉の中によく冷えた飲料をかなり余分に入れている。
〈フクロ〉の中に入れた物は、その時点で時間が止まる性質がある。
つまり暖かい物は暖かいままに、冷たい物は冷たいままの状態が保持され、醒めたぬるくなったりすることがない。
その性質を利用して、ほとんどの〈フクロ〉持ちは、自分の〈フクロ〉を一種の冷蔵庫として使っていた。
迷宮内の空気は夏場でもひんやりとして涼しいのだが、その中で激しい運動をする探索者たちはほとんど例外なく、出て来た時には汗だくになっている。
そんな時には、クーラーの効いた室内で冷たい物でも飲むのが一番なのであった。
その休憩時間に智香子はなにをしているのかというと、飲食をしていない時は大抵寝ていた。
今ではブランケットくらいは持ち込んでいるので、邪魔にならない教室の隅に陣取って、スマホのタイマーをセットしてからそれにくるまって熟睡する。
運動をした後は、実によく眠れた。
もともと体を動かすこと全般があまり得意ではなかった智香子は、他の部員たちと比べると体力がないように思う。
他の一年生たちはだべってはしゃいでいたり、黎などはわざわざ持参してきた教科書とノートを広げて自習などをしているのだが、智香子にはそういうことをするの余力がない。
休める時にはしっかりと休んでおかないと、体が保たないのだった。
だんだんと楽にはなってきているんだけどな。
と、智香子は思う。
これでも、迷宮から出て来てすぐに気絶をするように眠っていた最初の頃よりは、はるかに体が楽になって来ている。
部活を続けていれば、今後はもっと余裕が出てくるのだろうが、この時点で智香子は自分の体力のなさを自覚しており、そのことについて楽観もしていなかった。
パーティの、他のメンバーの足を引っ張ったり、あるいは後の日常生活に支障が出たりするよりは、休める時にしっかりと休んでおく方がはるかにマシのである。
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