第79話 智香子の推測

 こうして第一階層を巡回していると、以前の時とはなにもかもが違うことに気づかされる。

 以前の時よりは、よほど楽に、円滑にエネミーを倒せるようになっているのだ。

 それは智香子たち一年生のスキルが増えているからでもあるし、それ以外に体力や反射神経その他、身体的な能力が総じて累積効果により向上しているから、でもあった。

 今回第一階層に入ることによって、智香子たち一年生はそのことを様々と実感できた。

 智香子たち一年生が迷宮に入るようになってから三ヶ月程度しか経っていないことを考えると、かなりの進展であるようにも思える。

 同じ一年生であって探索部に入部をして活動を開始した時期が異なる場合もあるので、連休明けに資格取得の講習を受けた子の場合は実質二ヶ月ほどしか探索者として活動していないわけで、それを感じるとその短期間でここまで仕上げるのは単純に凄いよな、と、智香子は今さらながらに感心をした。

 智香子たちはあくまで部活動として迷宮に入っているわけで、そのため専業探索者のように毎日迷宮に入っているわけではない。

 週に一回か二回の頻度でしか迷宮に入っていないことを前提とすると、それだけの短期間で必要と思えるスキルを複数習得させ、その上でともかくも浅い階層ならば自分たちだけでも問題なく歩けるようなるまで仕上げている。

 一見地味なようでいて、これは実はかなり凄いことなのではないか。

 智香子としては、そう思ってしまうのであった。


 少し前に興味をおぼえて調べて見たところ、専業の探索者というのは実はかなり少なかった。

 探索者としての資格を取るのは簡単だし、迷宮に入ること自体はほとんど誰にでもできるのだが、それを仕事として継続をさせることはなかなか難しいらしい。

 実力にふさわしくない深い階層にまで入っていって怪我をし、そのまま探索者を辞めてしまう人。

 あるいは、安全を意識しすぎてろくな成果をあげられず、早々に見切りをつけて足を洗ってしまう人などが、ほとんどだという。

 少なくとも、智香子がネット上で見掛けた資料には、そうした内容が書かれていた。

 その資料を無条件に信頼するわけではない。

 だが、わざわざ自分の意思で探索者などというリスキーな仕事に手を染める人というのは、その大半が経済的に逼迫している人か、それとも一攫千金を夢見る地に足がついていない人だろう。

 だとすれば、甘い見込みで十分な下調べもせずに闇雲に迷宮に入っていく人も少なくはないはずで、そういう人というのは思い通りの結果が出ないとすぐに辞めてしまうのではないだろうか。

 と、智香子は、そう考える。

 あるいは、自分で設定した目標の金額をさっさと稼ぎだし、計画通りに探索者を辞めるしっかっりした人であるか、だ。

 いずれにせよ、専業の探索者というものは、ごく一部の例外を除けば長続きはしない。

 迷宮に入るという行為は基本的にリスキーな行為であり、長く続ければ続けるほどそのリスクは大きくなる。

 仕事としての探索者について考えると、用心深く行動してリスクを最小限に留め、そして一定の金額を稼いだら、いわば勝ち逃げをする形でさっさと辞めてしまうのが一番合理的なやり方に思える。

 何年もの長い期間に渡って探索者であり続ける人というのは、統計上ではかなり少ないのだった。


 そうした専業の探索者たちと比較して、松濤女子の方法論はいくつかの点で優れている。

 と、智香子は思う。

 まず第一に、営々、後継者の育成に力を入れている。

 これは、智香子たち一年生の待遇を思い返してみればすぐに理解ができるはずだ。

 第二に、迷宮内でのリスクを常に最小に留めるよう、努力をしている。

 あくまで部活であることが前提となっているので当たり前といえば当たり前なのだが、その当たり前を実際に実践している探索者は実は少ないようだった。

 第三に、数十人単位の初心者をごく短期間のうちに、そこそこ迷宮内でも困らない程度にまで育て上げている。

 これをしている集団は、広く知られている限りでは、松濤女子と内外の軍関係しかないらしい。

 この点に関しては、探索者という仕事は、そのほとんどが個人営業だそうだから、何十人と単位の集団を一気に育てる機会や必要性は他の場所にはまず存在しない、という事情もあるだろうが。

 とにかく、こうした松濤女子のやり方というのは、探索者社会の中でもかなりユニークな方法ではあるようだ。

 先輩方は一年生の実力に対して、

「今の段階でも、二十階層くらいで十分にやっていける」

 程度の実力はすでに養っていると、そう口を揃えている。

 それだけ育っていながらもまだ第一階層周辺をうろうろしているのは、安全マージンを大きく取る松濤女子の方針と、それに迷宮内部での実戦経験が少ない一年生たちに対して、習熟する機会を多く与えるためだった。

 それ以外にも、

「一年生たちに自信をつけさせる」

 という目的もあるのではないか。

 と、智香子は、そう考えている。

 現在の時点でも、第一階層に出没する程度のエネミーでならば、一年生たちはさして苦労することなく一蹴できた。

 成功経験を数多く積ませて、一年生たちに心理的な余裕を作ろうとすることも、目的のひとつなのではないだろうか。

 なんといっても、「慣れる、習熟する」ということは、なにかを学習する上で、とても大切なことなのだ。


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