第76話 夏休み、突入

 などということをやっているうちに一学期が終了し、夏休みに突入した。

 智香子たち一年生も、毎日にように迷宮に入っている。

 この時期は、松濤女子を卒業し、進学した先輩方にとっても休暇の時期であり、引率役を引き受けてくれる人の数もどっと増えるからであった。

 引率役が増えるということは稼働するパーティの数が増えるということになり、結果、一年生だけではなく、探索部の部員たちは一学期よりも頻繁に迷宮に入ることになる。

 他のクラブと兼部している生徒たちは、もう一方の部活を優先にする傾向があるため普段とあまり変わらない感じであったが、探索部にしか入っていない生徒たちはかなりの頻度で、流石に毎日とはいわないが、隔日程度の頻度で迷宮参りをするような感じだ。

 この夏休みは一年生にとってもスキルその他、探索者として資質を底上げするためのいい機会ともいえる。

 ということとで、智香子たち一年生も、この長期休暇の時期に、普通に登校をしている。

 毎日、ではなかったし、それに、朝の電車が混む時間帯はずらして貰ったので、普段と比べると移動自体は少しは楽だった。

 だが。

「……暑い」

 渋谷駅を降りた智香子は呟く。

 通勤ラッシュの時間帯を避けても、ここの駅前付近は人が多かった。

 渋谷は国内でも有数のターミナルステーションであり、特に駅前付近はどんな時間帯でもそれなりの人出がある。

 一学期を通じて毎日のように通学していた智香子は、そんな人混みにもそれなりに慣れてはいたのだが、ただ、この日差しと湿気は別だった。

 ただ歩いているだけでも、肌に湿り気がまとわりついてくるような感触がある。

 早く学校に行って着替えて、ホールに行きたいな。

 学校へと歩きながら、智香子はそんな風に考える。

 迷宮のゲート前ホールは、肌寒くなるほどに冷房が効いていた。

 さらにいうと、迷宮の中の気温も若干低めでひんやりとしており、なにより空気が乾燥しているのがありがたい。

 そのひんやりとした迷宮内の空気は、実際に入って動いて汗をかくようになると、なんとも心地がよかった。

 あそこの環境や気温を誰が、どうやって一定に保っているのか。

 それもまた、いまだに人類が解明できていない迷宮の不思議とされている。

 迷宮の公式名称である〈不可知領域〉とは、まんま、英語の〈unknown space〉を直訳しただけだというが、よくいったもので、あの迷宮については既知よりも未知の領域の方がずっと広い。

 判明していることよりも、わからないことの方がよほど多いのだった。

 あれが自然に発生した物とは思えず、なんらかの知性的な存在がデザインした上で出現した。

 そういう説が現在では優勢なわけだが、その目的や具体的な方法についても、説得力のある仮説はまだほとんど提出されていない。

 あれがなにか、人類はまるで理解しないまま、中に入りエネミーを倒すことによって資源を採取する場として、一方的に利用を続けている。

 乱暴というか、あの迷宮を作った存在が本当にいたとしたら、その存在と人類との知性は、天と地ほどの開きがある。

 と、そのようにもいわれている。

 それほど隔絶した存在であれば、仮にこの先、その存在が人類と接触を試みたとしても、意思の疎通もまともに行えないのではないか、と。

 ……などということが、少し前にネットで拾った文章には書かれていた。

 要するに、実際にあれがなにかは、まだ誰にもほとんどわかっていないってことだよな。

 智香子は、勝手にそう了解している。

 頻繁に迷宮に入るようになってから実感できるようになったのだが、

「こんなもん作ったやつの気持ちや動機なんか、すんなり理解できてたまるか」

 という気持ちばかりが大きくなっている気がする。

 理不尽というか不条理というか。

 仮にその説が本当だったとして、あの迷宮を作った誰が本当にいたとしたら、智香子にも、そんなやつとはまともに会話が成立するとも思えなかったのだ。

 そのネット上の文章は、これまで迷宮に関する研究や考察を簡単にまとめたものだったが、その内容と智香子の実感とは、さほど乖離していないということになる。

 いずれにせよ。

「暑い」

 また、智香子は愚痴を口に出した。

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