第75話 〈ライトニング・ショット〉

〈ライトニング・ショット〉


 それは智香子にはじめて生えた、いかにもそれっぽいスキルだった。

 決して過言ではなく、待望の、といってもいい。

 よし。

 と、智香子は心の中で大きく頷く。

 これでようやく、それっぽくなった。

「それっぽい」とはつまり「探索者っぽく」ということであり、さらにいえばよくあるRPGゲーム的なイメージに沿ったスキル、ということになるか。

 多威力に不安があろうが、射程が短かろうが、この〈ライトニング・ショット〉はともかくも智香子がはじめて習得をした攻撃用のスキルなのだ。

「ふっふっふ」

 智香子はわざとらしい声をあげて低く笑った。

 そのまま紫電をまとった指先を大きく引いてから、ぱっと手を離す。

 ゴムが、大きな音を立てて収縮し、瞬時に親指大の鉛玉を前方へと送り出す。

 もちろん、その鉛玉の周囲には〈ライトニング・ショット〉による電撃をまとわりつかせている。

 鉛玉が命中したバッタ型には通常の、物理的なダメージを負ってそのまま地面に落ちた。

 それ以外に、鉛玉の軌道上にいたバッタ型が感電してぼとぼとと地面に落ちていく。

 こういう虫類のエネミーも感電死とかするんだろうか?

 智香子の脳裏をふと疑問が掠めたが、その答えを詮索するよりも今は新しいスキルをもっと試したかった。

 今度は鉛玉を持たずにゴムだけを引いて、手を離す。

 バチバチと音を立てて紫電の塊だけがバッタの間に飛び込んでいって、また何匹かのエネミーを地面に落とした。

 おお。

 と、智香子は感心をする。

 まさしく、〈ライトニング・ショット〉。

 その名の通りのスキルだと、思った。

 こうしたショット系のスキルの特徴は、なんらかの属性を帯びているということだった。

〈ライトニング・ショット〉の場合は電気だが、その他には火や氷系統のショット系スキルも存在する。

 純粋に物理的な遠距離攻撃用のスキルというのは、以外に少ない。

 弓道部の人たちが特異とする〈梓弓〉は、その数少ない例外、遠距離物理攻撃スキルであるといわれている。

 調子のにのってバッタの間に向かって〈ライトニング・ショット〉のスキルを連発しながら、智香子は、

「このスキルというのも、実はよくわかんないよね」

 などと、改めて思う。

 別にスキルのことがよくわかっていないのは智香子だけに限ったことではなく、全人類的にも実はよくわかっていない。

 発動する機序や原理など、今に至るまで一切が不明であった。

 迷宮内部で一定数のエネミーを倒した者だけが使用可能となる能力であることと、それに、迷宮の内部と迷宮からごく近い範囲内でしか使用できないということ。

 それに、比較的ポピュラーな一部のスキルに関しては、どういう経験をすれば習得することができるのか、という経験則がいくらか判明しているだけなのである。

 この迷宮が出現してから現在までの歳月を考えると、迷宮の、根本的な部分に関しては、まるで解明していないといっても過言ではなかった。

 そうした既知の性質から鑑みて、スキル全般も累積効果と同様、「迷宮に属する効果」なのだろうと、一般には解釈されている。

 もちろん、そう認識したところで、本質的な部分が解明されていないという事実は変わらないわけだが。

 基礎知識として智香子も以上のような事実を知識として持ってはいたが、そのスキルを自分で使えるようになる感覚は、想像していた以上に痛快だった。

 智香子がゴムを引いて離す度に感電してぼぼたぼと落ちていく、バッタ型のエネミー。

 何度か繰り返すうちに、智香子は、別にパチンコのゴムを引く動作をしなくとも、智香子の意思だけで〈ライトニング・ショット〉のスキルを発動できることに気づいた。

 ああ。

 と、智香子は半ば呆れる。

 なんて、安易な。


 ゲームの中の攻撃魔法を使っているような気分になってきたが、この迷宮の中にはMPに該当する制限もない。

〈鑑定〉系のスキルを使用しても探索者の強さや各種パラメータ、レベルなどが数値化されて表示されないように、スキルの使用回数にも特に上限は設けられていない。

 と、そう聞いていた。

 探索者の気力や体力が保つ限りは、連発ができるはずだった。

 迷宮の難易度というのは、迷宮の性質についてどれほど詳しい、正確な情報を持っているのか。

 そして、その正確な情報に基づいて、適正な対策を立てて実行する能力があるかどうかで大きく変わってくるわけで。

 松濤女子を初めとして人類の探索者たちは、戦後半世紀以上の時間をかけて大勢の犠牲と多くの失敗の上に経験則を積み重ね、そこで得られた教訓を蓄積、共有し、現在に至るまでずっと、現在進行形で攻略中なのである。

 智香子たち、ごく最近になってから迷宮に入るようになった探索者たちは、そうした先人の努力を糧として、少なくとも迷宮の序盤にあたる浅い階層については、かなりのイージーモードで進行できるようになっていた。

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