第74話 バッタの間、再び
宇佐美先輩に率いられた三十名ほどのパーティはお馴染みのバッタの間、その前に到着した。
松濤女子一年生は何度もここに来てる、見慣れた場所ということもある。
さらにいえば、これからこの場で行うことも、同じことの繰り返しであるともいえた。
ただこの繰り返しはただ退屈なだけではなく、智香子たち一年生の能力向上のために行われている。
いいかえれば、迷宮内での安全を確保するための施策でもあり、智香子たち一年生たちもそのことを理解した上でそれなりに真剣に取り組んでいた。
弓道部と兼部の子たちが、〈フクロ〉とか収納袋の中からから弓を出して構えはじめる。
バッタの間は、大きく入り口が開口している空間で、なぜか中のバッタはその外へは出てこない。
外部から弓を射かければ、一方的にバッタ型のエネミーを倒すことが可能だった。
智香子たち弓道部員ではない一年生たちも、〈フクロ〉とかバックパックの中からパチンコと弾を取り出して構えはじめた。
びっと背筋が通って姿勢がよく、構えが様になっている弓道部組と比べると、こちらの智香子たちそれ以外の動きはもそもそとしていて生彩がないようにも見え。
いいや、ここで重要なのは、外見よりは追撃数だから。
智香子は内心で気弱になりかけていた自分を叱責して、パチンコのゴムに弾を装着して思いっきり引く。
迷宮内の累積効果があるので、ゴムはあっけなく思えるほど軽く引ききることができた。
標的であるバッタ型は密集している状態なので、狙いをつける必要さえなく、そのまま手にしていたゴムを離す。
瞬時にゴム縮んで、サイズの割には重たい鉛の弾は密集しているバッタの中に吸い込まれた。
いくか落ちたような気もするが、バッタの数が多すぎて成果を正確に見定めることができない。
そのまま智香子は次弾をパチンコに装填してゴムを引き、放つ。
その単調な動作を、何度も何度も、自分でも嫌になるくらい繰り返した。
智香子をはじめとする一年生は、全員がこのバッタの間のトライアルを経験し、最後には単身でバッタを絶滅させるところまでいった者たちばかりであった。
人数がいたこともあり、以前に経験したほど手こずるということもなく、かなりの短時間でそのにひしめいていたバッタは全滅してしまう。
具体的にいえば、半時間前後、だろうか。
以前と比べると、かなりあっけなく感じた。
要した時間もだが、疲労度がまるで違う。
これも、累積効果というものだろうか。
そんな風に思いながら、智香子はバッタの死骸を掻き分けて、ドロップ・アイテムとパチンコの弾、それに矢を回収する。
おどろいたことに弓道部が使用していたのは矢はプラスチックかなにかの安物などではなく、木製の本格的な物で、おそらくは弓道部の道場で普段使用している物をそのまま流用しているらしい。
もったいないな、と、智香子は思う。
こんな場所で乱暴に使ったりすれば、鏃が破損するかして、今後まともに再使用できなくなるはずなのだが。
弓道部としてはそれも承知の上で練習用の弓をあえて使っているらしい。
あるいは、このバッタの間でのトライアルも、弓道部の中ではそのまま弓の修練の一環として位置づけられているのかも知れなかったが。
うちの部活、基本的にお金はあるからなあ。
と、智香子は思う。
弓道部だけではなく、多くのクラブが探索部との兼部という形をとっているのは、もちろん練習や体力作りの一環という側面もあったが、それ以上に部費を工面するためという側面が強かった。
智香子自身も最近になって知ったのだが、そうした兼部している人たちは回収したアテムを一度委員会に渡し、そのアイテムを換金した現金のうち、一定の割合いを部費という形で回収している。
アイテムの現金化とその現金の分配は委員会が行っている形であるが、基本的な方針としては各クラブに必要な金額だけを渡し、もしも学校全体で余剰分が出た際には慈善事業などに寄付をしている、ということだった。
自分たちで稼いだお金なのだから全員に分配をして景気よく使えばいいのに、とか、智香子などは思うのだが、税金などの都合を考えると、松濤女子が部活であまり儲けすぎてもなにかと都合が悪いという。
とにかく、そんな理由により、弓道部をはじめとする松濤女子の各クラブは、部費に困ることはなかった。
一度迷宮から出て休憩を挟み、同じパーティでまたバッタの間に挑む。
同じことの繰り返しになったわけだが、この二回目から、パーティ内で〈梓弓〉や〈ショット〉系のスキルを習得する一年生が続出した。
そうした遠距離攻撃用スキルを習得した者は、さっそくそのスキルを使用してバッタ型を落としていく。
「おお」
ある時、智香子の手にも、いや、正確にいえば、ゴムを引いた指にバチバチと火花を帯び始めた。
「これは」
智香子は慌てて、自分の手に〈鑑定〉のスキルを使用する。
〈ライトニング・ショット〉
視覚を通じてではなく、直接脳裏に飛び込んでくるように、スキル名が浮かびあがった。
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