第66話 映像資料

 視聴覚教室、というのがなにをするための部屋なのか、智香子はよく知らない。

 松濤女子では各教室に大型のモニーターが設置され、場合によってはプロジェクターを使用した授業なども行われている。

 わざわざ映像資料を見るためだけに特定の教室に移動する、という必要性は、何年も前になくなっていたのだ。

 この視聴覚教室も、実際にはここ数年、ほとんど使用されることがない空き教室と化している。

 そんなほとんど利用されていない教室に、休憩が終わった一年生たちは集合していた。


「全員、揃ったかな」

 教壇に立った青島先輩がざっと周囲を見渡してから、そういった。

「それじゃあ、はじめるね。

 まずは、うん。

 この映像から見て貰おうか」

 青島先輩が手元の末端を操作すると、教室の照明が消えて教室正面のスクリーンに映像が投影された。

 かなりの大写しになっているが、これは。

「そう。

 迷宮内の映像だ」

 青島先輩はいった。

「みんながつけているヘルメット。

 それについているカメラが、迷宮内での出来事を常時記録しているっていうことは知っているな?

 あの映像は迷宮を出て来た時点で自動的に公社のアーカイブにデータとしてアップロードされることになっているんだけど、探索者なら、特定の手続きをすればそのデータをダウンロードすることができる。

 これは、今日、みんなのカメラが撮影した映像だ」

 ヘルメットと記録カメラについては、智香子も探索者の資格を取る講習で教えられていた。

 なんでも昔は、迷宮内が一種の治外法権的に思われていて、そこでの私刑や殺人、暴行などが頻発していたため、こうしたシステムになったのだとか。

 しかし、今重要なのは、そうした過去の経緯ではなく、その映像がこれからはじまる反省会に活用をされるという事実である。

「まあ、誰のでもいいんだけど……」

 いいながら、青島先輩は手元の末端を操作した。

「これがいいかな?

 まずは、この映像を見てみよう。

 これを見て、なにか気づいたことはないか?」

「ブレがひどいですね」

 ある一年生が即答した。

「それと、動きが急すぎて、見ているだけで酔いそう」

「そうだな」

 青島先輩は頷いた。

「迷宮の中ではそんな風に思った人はいないと思うけど、迷宮の外で改めて見てみると、これが人間の動きではないということが納得できると思う。

 迷宮の外の娑婆で、この映像の通りに、素早く走れる者はいるか?」

 青島先輩はそう問いかけてみたが、返答をする一年生はいなかった。

「つまり、迷宮の中の探索者は、一種のスーパーマンになっているというわけだ。

 知識としてはみんな知っているはずだが、こうして客観的に見てみると、その事実を改めて実感できるんじゃないかな」


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