第67話 主観と客観

「いうまでもこのままじゃあ見づらいから、ちょっと映像補正するね」

 青島先輩がそういって末端を操作すると、ブレブレだった映像がいきなり鮮明になる。

「公社が開発したフィルタリングアプリ通すと、こうなる。

 これなら、しっかりと確認できると思うけど。

 こうしてブレが補正されていても、スピードが常人離れしているってことは確認できると思う。

 移動速度もそうだけど、手足などを動かす速さもね。

 わたしら探索者ってのは、迷宮の中では娑婆とは違った速度で動いているんだ。

 早さだけではなく、パワーも格段に増大している。

 そういうことを、常に念頭において欲しいかな。

 そうでないと、うん。

 迂闊に喧嘩なんかしたら、それこそ大惨事だ」

 青島先輩は、ここで一旦言葉を切る。

 そうだろうなあ。

 と、智香子は青島先輩の言葉に内心で頷いた。

 たとえ武器を使用しないとしても、探索者が迷宮の内部とか影響圏内で暴れたら、かなりの被害がでるはずだ。


「とにかく、探索者としての力はエネミー以外にぶつけちゃだめ」

 少し間をおいてから、青島先輩は続ける。

「法律では、探索者が違法行為を働いたらその場で射殺されても文句をいえないことになっている。

 ゲートの近くにも、常に小銃をぶらさげたおまわりさんが何名か張り付いてるでしょう。

 あれ、過去に探索者が喧嘩をしたり強盗まがいの真似をしようとした例があったためで。

 冗談ではなく、なにかあれば警告なしで撃たれるからね」

 探索者として経験を積んでも、別に皮膚が硬くなるわけでもない。

 それ以外の臓器や骨、筋肉などの強度にも変化はなく、つまりは、物理的な衝撃には弱いまま、ごく普通の人間なみでしかない。

 攻撃力が増える割には、探索者の体自体は脆弱なままであった。

 これは、どんなに経験値を溜めて強くなったとして変わらない。

 鉄砲の弾丸が直撃をすれば、普通に死傷するのである。

 強くなり、またこれからも成長をするであろう一年生たちに、この時点でしっかりと告げておかなくてならない。

 そういう内容、なのだろうな。

 と、智香子は深く納得をした。

 探索者としての力は、正しく使わなければならない。

 道徳とか倫理の問題だけではなく、そうしないと結局本人が不幸になるからだ。

 今の時点で、智香子たち一年生の能力は飛躍的に増大している。

 だけどそれを、本来以外の方向に使用したら絶対に駄目。

 その二つの事実を、まずは深く印象づけておきたかったのに違いない。

 自分だけでは気がつきにくい、実感がしにくい部分でもあった。

 こうして主観目線の映像という、否定ができない客観的なデータを先に見せていたのも、説得力を増す要因となっていた。

 探索者の能力は、ただ存在するだけでも十分に凶器となり得るのである。


「んで、次に各人の動きをチェックしていきますねー」

 青島先輩は、軽い口調でこういった。

「んー。

 一番見やすいのは、この子のかなあ」

 そして、次々と映像を切り替えて、ある一年生の主観映像で止まる。

「この子、ブレが少ないでしょう?

 体感が安定しているってことで。

 で、その割には手足の動きが早いし、それに、思い切りというか状況判断も的確、と。

 本当に一年なのかな。

 ええと、これは……三嗣さん。

 三嗣黎さん、いますか?」

「あ、はい」

 慌てて、隣に座っていた黎が立ちあがる。

「三嗣さん、探索者としての経験……は、年齢的にあるわけないか。

 なんか武道とか習ってるの?」

「いえ、その」

 一年生全員が注視する中、黎は恐縮した様子で答えた。

「そういうのは、特になにも。

 ただ、身近に探索者が何人かいるので、慣れて見るのだとすればそういう人たちの影響だと思います」

「ああ、そっちのパターンか」

 青島先輩は納得した様子で頷いた。

「身内に探索者がいる子も多いからね、うち。

 小さい頃から迷宮について、いろいろ聞いているとか」


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