第64話 スイッチ
以上のような内容をかいつまんで説明してから智香子は、
「わたしの場合、バッタの間でいくらでも練習をする機会があったから」
とつけ加える。
すると香椎さんは、
「あ!」
と小さく叫んだ。
「そうか。
あそこなら……まわり中、バッタだらけだし」
武器を振り回し、背後や視界の外でエネミーに当てる、間合いなどの感覚を習熟するためには格好の環境であるといえる。
なにせ練習台となるエネミーに困ることがない。
さらにいえば、かなり早い時期から〈察知〉を生やしていた智香子には、そうした練習をする機会や時間もたっぷりとあった。
「この程度のことは、多少練習さえすれば誰にでもできる」
というのが智香子の感覚であり、その「この程度」のことでそこまで驚かれても困るのだった。
智香子は体力にも反射神経にも自信がなかったので、この程度の工夫をすることによって、最小限の動きで最大の成果をあげるよう、工夫でもするしかないのである。
黎のように身体能力に恵まれているわけでもなく、ガチ勢の子たちのようい高級な装備を揃えることもできず、さらにいえば戦闘用のスキルがなかなか生えてもくれない智香子としては、手持ちのスキルを活用することでなんらかのアドバンテージを得たいところだった。
エエミーたちの死体を掻き分けてどうにかドロップしていたアイテムを回収し終えると、智香子たちのパーティは再び進みはじめる。
そして、いくらも進まないうちに、どこからともかくエネミーたちが集まってきた。
「本当、どっから沸いてくるのかなあ」
そんなことを呟きながらも、黎が誰よりも先に反応してこちらに向かってくるエネミーの群れに突っ込んでいき、そこで両手に持っていた短剣を振るって、次々とエネミーを切り伏せていく。
手の動きが視認できないほどに、素早い。
あっちの方が、断然凄いと思うんだけどな。
と、その様子を見ながら、智香子は思った。
智香子はといえば、黎の後を追うようにしてエネミーの群れに突入した一年生たちを見送ってから周囲を見渡し、一番手薄な箇所を見定めてからようやく動き出す。
智香子としてもより多くの経験値を欲しいわけで、だとすればできるだけ競争相手がいない場所を狙うのが効率がいい。
そもそもこの第一階層に出没するエネミーたちは、今の智香子たち一年生の実力ならば軽く一蹴できるほどの強さでしかない。
接触しさえすれば倒すことは容易なのだから、「エネミーを倒すこと」自体よりも、「より多くのエネミーを倒す」ことこそ、目標とするべきなのだ。
そのためには周囲の状況を逐一観察し、なにが最善手なのかをその場その場で判断をしていく必要がある。
エネミーの数や沸きやすさでは定評があるこの程度の浅い階層ならば、多少他の一年生から出遅れたとしても有意の差にはならないはずだった。
ただでさえ、不利なスキル構成なんだから。
と、智香子は思う。
よく考えて、無駄がないように動かないとね。
そうでもしないと、黎たちをはじめとする他の一年生から遅れるばかりだ、という危機感を、智香子は思っていた。
この時点で智香子が思うほどの格差は、一年生の中には生じていないのだが、自分のスキル構成について劣等感じみたい勘定を抱いている智香子にしてみれば、真剣に考えて行動をする必要性を感じている。
他の一年生から少し遅れてエネミーの群れと接触した智香子は、無意識のうちに手にしていたカーボンの棒を〈フクロ〉に収納し、その代わりに例の〈雷撃の杖〉を手に持った。
パステルカラーの〈杖〉を外に出しずっと手にしていることに一抹の気恥ずかしさを持つ智香子は、できるだけ〈杖〉は〈フクロ〉の中の異空間に収納し、必要な時にのみ取り出すようにしている。
〈杖〉を持った智香子はその〈杖〉の先から電撃の火花を出しながら軽く振り回す。
ただそれだけで近くを飛んでいたコウモリ型がばたばたと地面におちた。
コウモリ型ほど多くはなかったが、やはりたまたま近くを飛んでいたネズミ型も何体かが感電して地面に落ちる。
意識することもなくそうして感電して地面に落ちたエネミーたちを踏みつけにしながら、智香子は再び〈フクロ〉からカーボンの棒を取り出して〈杖〉と持ち替え、〈察知〉のスキルで感知した、できるだけエネミーの分布が濃い空間に向かってその棒を振り回す。
この第一階層に出没するエネミーというのはだいたい小型の物ばかりであったから、軽いカーボンの棒が当たっただけでも死傷し、あるいは気を失ってばたばたと地面に落ちる。
そうして何度か得物を持ち替えながら、智香子は他の一年生たちに混ざって黙々とエネミーを倒し続けた。
この時点で智香子は、自分がエネミーの討伐方法として、独自のスタイルを確立しつつあることを自覚していない。
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