第53話 ロストと異世界

「つまりリアルと迷宮では前提となる条件からしかて違うのだから、リアルの基準で判断しちゃ駄目」

 ある日の昼休み、智香子が迷宮内で八代さんや先輩方からいわれた内容について説明をすると、黎はそう返してきた。

「そういうことなんだよね?

 うーん。

 それをいわれちゃうと、なんにもいえなくなっちゃうんだけど……そもそも、迷宮ってリアルとは違って、閉鎖系の環境ではないしなあ」

「なに、その閉鎖系の環境って?」

 智香子は素朴な疑問を口にする。

「リアルの世界ってのは、エネルギーとか物質とか、とにかくなんでも限られた物が形を変えながらぐるぐる循環している環境なわけでしょ。

 つまり、閉鎖した中で、ってことだけど。」

 突然、黎は難しいことをいい出した。

「迷宮の中は違う、と?」

「違うよ、全然」

 智香子が確認をすると、黎は大仰な身振りで否定をしてくる。

「だって、こちらからも大勢探索者が入っていくし、エネミーは無限に沸いてくるし。

 エネルギー保存の法則仕事しろっていいたくなるし。

 あそこは素直に、複数の世界がなんらかの形で相互に物質やエネルギーのやり取りをしている、そういうことが可能な解放系の環境であると、そう判断した方がすんなり納得がいく」

 そう断言した黎の顔を、智香子はじっと見つめた。

「な、なに?」

「黎ちゃんって、ときおり難しいこというね」

「そ、そうかなあ」

 黎は露骨に智香子の視線を避けて、顔をそむけた。

「その、知り合いの受け売りなんだけどね」

「前にいってた、お姉さんって人?」

「いや、その人とは別口で」

 黎は、きっぱりとした口調でいった。

「これでもその、探索者とか迷宮の関係者に知り合いが多いんだ」

 そういえばこの黎は、妙に迷宮関連の事情に通じたようなことをいうしな。

 などと、智香子はすんなり納得をする。

「迷宮が別の世界と繋がっているって?」

 八代さんもそんな風にいっていたな、と思いながら智香子は確認をした。

 エネミーは、別の世界から送られて来ているらしい、とかなんとか。

「一方通行だけどね」

 黎は、即答をする。

「エネミーとかアイテムがどこから来るのかって考えたら、そうとしか思えない。

 あの迷宮は、そうした別の世界から見ると入ることはできても出ることはできない、そんな構造になっているんだよ、きっと」

「その逆に、こっちの探索者が別の世界へ出たこととか、ないの?」

「それについては、なんともいえない。

 だって、確認のしようがないから。

 迷宮でロストした人なんてこれまで何十万って単位でいるはずだけど、そうした人たちが単純に死に絶えたのか、それともそのうちの一部が別の世界へ脱出できているのか、リアルにいるわたしたちには確認のしようがない」

 あ。

 と、智香子は納得する。

 行き先が完全に不明だから、ロストとして扱われるわけで。

 うん、いわれてみれば、そうだ。

 彼らのその後は、確認のしようがない。

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