第44話 選択する

 例えば年末年始や行楽シーズンになると、必ずといっていいほど交通事故のニュースが流れる。

 しかし智香子は、その時は多少気にするものの、ニュースが終わってCMが流れはじめると、すぐにそのニュースの内容を念頭から追い払ってしまう。

 この〈四つ木迷宮〉で起こった事故についても、多くの人にとってはそんなありふれた惨事の一つでしかないだろう。

 探索者なんて、基本的に毎日のように大勢死傷している。

 生死不明の行方不明者、いわゆるロスト扱いの人も、毎日のようにいっぱい出ている。

 しかし今の智香子にとっては、他人事ではなかった。

 それだけ、迷宮とか探索者という存在が智香子にとって、以前よりもずっと身近な物になっているということでもあった。

 すぐに自室に戻って自分のスマホで検索をしてみた智香子は、

「……わぁ」

 と小さく声をあげて、しばらく思考を停止してしまう。

 ネット上には探索者用のSNSなどもいくつかあり、智香子もそのアカウントを所有している。

 そのSNSには、たまたまその事故に遭遇した人々の証言や写真なども、予想以上に多くアップされていた。

 そうした場所にある記述や写真は、数分ですぐに流れてしまう、無味乾燥なニュースの情報などよりもずっと生々しく、現場であった出来事、その時の混乱や恐怖、被害の惨状などを伝えている。

 ネット上で検索できる限りの情報に一通り目を通した智香子は、しばらくなにも考えられなくなった。

 これまでなにげなくやっていたことが、ここまで危険なことだったとは。

 いや、資格を取る研修の時にもさんざん説明をされたし、理屈では理解をしているつもりではあったのだ。

 ここに来て智香子は、こうした生々しい危険とリスクとに、正面から向き合う必要に迫られた。


 しかし智香子は、熟考の末、結局は迷宮に入ることを止めない、という選択をした。

 仮に迷宮に入らなくとも、事故死や病死になる可能性はあるわけだし、なにより、松濤女子では考えられる限り、安全に迷宮に入る方法を生徒たちに実践させている。

 一年生たちにしつこいくらいのレベリングを課しているのも、結局は最初の段階で能力値を伸ばしておいて、エネミーから危害を受けることを防止するためだったし、その他にも智香子が気づかないところで、システィマティックに、未然に危険を防止しているような場面も、他に多々あるのだろう。

 生徒たちを管理する側がそれだけ気をつけてリスク管理をしているのだから、後は生徒たち一人一人が極力危ない真似をしなければいい。

 意識的に、潜在的な危険を避けるよう、普段から心がけてさえいれば、本当に不幸な事故以外は避けられると、智香子は思うのだ。

 結局は、本人にやる気があるかどうか、なんだろうな。

 とも、智香子は思う。

 仮に迷宮に入るという行為に一定の危険が避けられないのだしても、その危険を、リスクを選択するのは自分自身でありたい。

 智香子としては、そう思うのだった。

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