第43話 遠い災厄

 智香子たち一年生が松濤女子に入学してから、だいたい一月が経過していた。

 その間、智香子たち一年生はもっぱらバッタの間でレベリングを行っていたわけだが、その時期に別の迷宮でかなり大きな事故が発生している。

 数名、手足を欠損しかねない損傷を負っているような事故で、テレビなどのニュースでも、扱いこそ小さいものの取り上げられていた。

〈四つ木迷宮〉というところで、探索者資格を取るための研修中に、本来そこには出現しないはずの強力なエネミーが出現したのだった。

 こうしたエネミーは「イレギュラー」と呼ばれ、発生する確率こそ低いものの、探索者の間でもその存在自体は広く認知されている。

「そうした物と、一定の確率で出くわす可能性がある」という危険性は、探索者なら誰もが織り込んでいるリスクであるといえた。

 この件が、特異な事例となったのは、そのイレギュラーに出くわしたのが、まだ本格的に探索者としての活動をはじめる前の、資格を取る前の者が大半を占めるパーティであったことと、それに、そのイレギュラーが予想外に強力な、変異体と呼ばれる種類のエネミーであったことによる。

 結果として死者を出すことこそ免れたものの、この事故が起こったのがGWの連休中であったこともあり、迷宮関連の関係者から注目を浴びることになった。

 一般には、わざわざそもそも迷宮に入ること自体が「リスクのある、危険な行為」だと認識されているのでそこまで注目を浴びることはなかったのだが、時期が時期だけに、迷宮関連の事故にしては、いつもよりも余分にニュースなどで取り上げられたようだった。

 智香子も、そのニュースを見た母親に、

「あんたのところは大丈夫なの?」

 と心配をされた。

 その場でこそ、

「こんな事故、滅多に起こるものではないから」

 といって誤魔化したが、その後ネットなどでその事故についての詳細を調べていくにつれて、智香子はどんどん不安になっていった。

 ニュースを見て得た印象よりも、実際の事故の様子は、遙かに凄惨な物に思えたからだ。

「……手足を切断、って」

 液晶画面を見て、智香子はそういってしばらく絶句をしてしまう。

 迷宮の、かなり浅い階層での出来事だったが、そんな場所にも、人間に対してそれだけの損害を与えるほど強力なエネミーが出現する可能性はある。

 知識としては知っていたが、それを実感したのは、これが初めてだった。

 そもそも、バッタを相手にしてばかりだと、エネミーがそれほど危険な存在であるという認識も、どうしても薄れがちでもある。

 迷宮に入るという行為は、本来的に遊び半分で行うようなものではないのだった。


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