第38話 校庭の一年生たち
十分に予想をされたことであったが、翌朝の松濤女子の校庭、その一角には数十名の一年生女子たちが集まって、おのおのの装備を振り回していた。
「そりゃ、貰った物は試したくなるよね」
その光景を横目に見ながら、智香子はそんな風に思う。
智香子自身はそもそも迷宮での活動にそこまで熱心なわけではなく、
「今度迷宮に入った時にでも」
程度の関心しか抱いていない。
それにしても、と、智香子は思った。
みんな、着替えてこんなに朝早くから校庭に出ているということは、わざわざこのためだけに早起きをして登校して来た、ということなのだろうか。
探索部は部活といっても人数が多く、比較的ゆるやかな繋がりしかない。
朝練の強制などする人もいないし、彼女たちは全員、自主的に早出をしてああして武器を振り回している、ということになる。
その手の自主性や熱心さとは無縁の智香子としては、ひたすら感心をするしかなった。
「なんだか壮観だね」
同じクラスの久美が教室の窓から校庭の光景を見ながら、そういった。
「だよねえ」
智香子は、その場で同意する。
「あんな元気が、どこから出てくるんだか」
「チカはやんないの?」
「いや、わたしは遠慮したいかな」
ああして練習をすればなにかが上達するというのならば、まだしも意味があるのだが。
探索部の活動に関していえば、迷宮の外でなにをやろうが、迷宮内でエネミーを倒す方が遙かに効率的に強くなれるのである。
もちろん、属人的な素養、いわゆる探索者自身のスキルについて、智香子も知っているしそれを否定をするつもりはないのだが、智香子たち初心者は、まだまだそんなことを気にするような段階にはない。
そういうことを気かける必要が出てくるのは、もっと深い階層に入るようになって、自分の限界を感じて来てから、になるんだろうな、と、智香子は思う。
とのかく、数えるほどしか迷宮に入ったことがない智香子たち一年生が、この時点で迷宮の外でなにかやっても、あまり自分の成長には寄与しないのであった。
そしてその程度ことは、今、校庭で装備の使い心地を試している一年生たちにしても、すでに知っているはずなのである。
彼女たちは、効率とか実用性とかとはまったく別の動機から、ああいう行動に出ている。
そうした動機を、智香子自身は持たなかった。
「呑気な子だねえ」
久美は、そんな智香子の態度を見て、そう評する。
「呑気でいいよ」
智香子は、平然とその評価を受け止めた。
「楽しみ方なんて人それぞれなんだからさ。
どれが正しくてどれが間違っている、なんてこともないし」
彼女たちは彼女たちで、自分で望んでああいう行動をしているわけで。
そして、智香子自身は、自分で望んでこうしているわけで。
そのどちらが正解でどちらが間違っている、ということはないのだ。
と、智香子は思っている。
智香子としては、他の一年生の行動について、とやかくいうつもりもなかった。
校庭に出ていた一年生たちは、一限目の始業時間ギリギリにばたばたと教室に入って来た。
着替える余裕もなかったので、汗を拭っただけでジャージのまま席に着く。
別に学校指定のジャージを着用して授業を受けてはいけないという決まりもなかったので、先生はなにもいわなかった。
あるいは、先生にしてみれば、こうした光景も毎年のように繰り返される年中行事に過ぎないのかも知れない。
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