第26話 教室の光景

 全身筋肉痛の状態で乗る満員電車は、それはもうひたすら苦しかった。

 苦痛、という言葉がこれほどしっくり来る状態もない。

 ただでさえ揉みくちゃにされる時間帯なのである。

 こん風になると知っていれば、どうにかして早起きして、混雑する時間を避けたものを。

 早起きが苦手な智香子にそう思わせるほどの、苦痛だった。


 どうにかこうにか登校して、始業前に教室についた。

 つまり、遅刻することは免れた。

 わたし、偉い。

 そう思いつつ、智香子は自分の席で力尽きて机の上に突っ伏する。

「ありゃ、この子も」

 そんな智香子の上から、声が降ってきた。

「今日はなんだか、同じように朝から死んでいる子が多いねえ」

 のんきそうな口調でそういったのは、クラスメイトの久賀久美だった。

 智香子とは入学して以来の短いつき合いだったが、席が隣だということもあり、それなりに親しくしている。

「き、筋肉痛」

 智香子は、痛みをこらえながら、どうにかその単語だけ、口にした。

「ああ、なるほど」

 智香子の返答に、久美が納得したように大きく頷く。

「だからか。

 いわれてみれば、死んでいるの、探索部の子ばかりだ」

 迷宮探索部、というのが、松濤女子にあるあの部の正式名称である。

 智香子としては、「芸のない名前」だと、そう思わないこともない。

 その分、わかりやすくはあるし、なによりクラブの名称に捻りがあっても誰も喜んだりしないわけだが。


「湿布薬、必要な人いますかぁ!」

 その時、教室内に入って来た生徒が、大きな声でそういった。

「毎年この時期になると、筋肉痛で日常生活に支障を来す生徒が続出します!

 鎮痛効果がある湿布を必要とする生徒は、すぐに申し出るように!」

 ネクタイの色から察するに、教室に入ってきた生徒は上級生であるらしく、腕に「保険委員」の腕章をつけていた。

 気が利くというか、新入生の年中行事になっているんだな、この筋肉痛。

 と、智香子は内心で呆れた。

「チカちゃん。

 あれ、要る?」

 そんな智香子を見下ろして、久美が訊ねてくる。

「うん。

 貰って来て」

 智香子は、机に突っ伏した状態のまま、そういった。

「できるだけたくさん、貰って来て」


 保険員の人から貰った湿布薬は、市販の薬などよりもよほど効いた。

 少なくとも、痛みはほぼ完全になくなった。

 その代わり匂いは、それはもう酷いものだったが。


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