第25話 筋肉痛
翌朝の月曜日、智香子は全身に激痛を感じながら目を醒ました。
というか、目醒めて少し体を動かしたら、全身に激痛が走った。
「うぉ!」
思わず、智香子は上品とはいいかねる声をあげる。
「お、お、お」
その後もしばらく、ベッドの上で意味のないうめき声をあげていた。
こ、これは。
と、智香子は思う。
筋肉痛!
だった。
通常の筋肉痛であれば、智香子もこれまでに何度か経験をしている。
しかしその時は、あくまで体のどこか一部分に限定されていた。
まだしも、我慢のしようもあったのだ。
今回は、ほぼ全身くまなく、痛みを感じる。
「お、お、お」
智香子はそんなうめき声をあげながら、ベッド上でもぞもぞと蠢いてどこか、動かしても痛まない箇所はないのか探そうとする。
仮にその痛まない箇所が判明したとして、現在の智香子の状況を改善するのにはなんの役にも立たないのだが、現在の智香子はそこまで思い至るほどの心理的余裕はない。
智香子としてはどうにか、この痛みから逃れる方法を模索したかった。
「なにやってんの、あんた」
しばらくして、起こしに来た多紀が、ベッド上で芋虫のごとくゴロゴロしながら呻吟している智香子を発見する。
「遊んでないで早く出る支度をしなさい。
学校に遅れるわよ」
いや、別に遊んでいるわけでは。
内心でそう思いながら、智香子はようやく意味のある言葉を発する。
「き、筋肉痛……」
「ああ」
唐突に、多紀の顔に理解の色が広がった。
「ありがちよねえ、うん。
でも筋肉痛では、遅刻や欠席の理由にはならないから。
どうにかして我慢をして、起き出しなさい」
母である多紀は、厳しかった。
「湿布、はなかったわねえ。
アン×ルツくらいは救急箱にあったかしら」
などといいながら、多紀は智香子の部屋を出て行った。
多紀が筋肉痛によく効く塗り薬を見つけてきたので、智香子はようやく起き出すことができた。
この薬というのはどうやら鎮痛効果があるらしい。
完全に痛みがなくなったわけではないのだが、どうにか我慢ができるくらいには痛みを抑制できた。
「キッチンに朝食出しているから、食べてから出なさいよ」
多紀はその薬の容器を智香子に手渡し、そういい残して、さっさと出勤してしまった。
智香子は仕事の内容までは把握していなかったが、多紀はあれでどこかの会社の管理職を勤めているらしい。
女性の既婚者がそうした役職を勤めることの困難さを智香子は理解していなかったが、なんとなく「多紀は会社では偉い人なのだ」程度には認識している。
その多紀が、娘の筋肉痛程度で欠勤して病院に連れて行ってくれるはずもなかった。
そもそも筋肉痛は、苦痛があるだけで、生命に別状があるわけでも後遺症が残るわけでもない。
本人がその苦痛を我慢すれば、それでいいだけの症状であった。
「ぐ、ぐ、ぐ」
のろのろと痛みをこらえて制服に着替えると、もう家を出なければならない時間となっていた。
智香子はキッチンテーブルに出ていた朝食を冷蔵庫に移してから、どうにか家を出る。
そして、
「この状態でラッシュ時の電車に乗るのか」
とそう思い、暗澹たる気分になった。
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